舞台の効果音

演劇、ドラマ、映画、効果音、音効、サントラ、サウンドトラック、 プレゼン、劇、学校祭、音楽、BGM、SE、音、曲、学芸会、学園祭、発表会など ドラマについてや場面に応じた音楽などの話題を中心としたブログです。

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今日もまたつい『風林火山』を観てしまった。
物語を観たいというより、千住明さんの曲を聴きたいという気持ちが強いのだ。聞き惚れるという感じで、ついNHK大河ドラマもついでに観てしまう。

千住さんのかつての名品『宿命』(砂の器)というのも良かったけれども、今回の『風林火山』サントラは抜群にいい。さすがに「映像音楽の魔術師」と言われるだけのことはある。現在、47才。熟成した楽曲を生みだすのにちょうどいい年齢なのかもしれない。数々の受賞歴も次の仕事への追い風になっているようにも思う。
日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞 (1997年・1999年・2004年)
ドラマアカデミー賞劇中音楽賞受賞 (2001年・2004年)

『風林火山』は、内野聖陽さんが演じている山本勘助が主役なのだが、どうも主役としての描かれ方が弱いように思われる。
かと言って、武田信玄役の市川亀治郎さんが主役とも思えない。
実力はあってもテレビにはあまり出ていない松井誠さん(大衆演劇)やら、なぜか引退宣言をしてしまった板垣信方役の千葉真一さん、竜雷太さんなどなど、大河ドラマとしてもかなり重厚な布陣となっているのは確かにわかる。
なのに、主役がね~、希薄な存在感だったりするのが残念。
さらには、市川亀治郎さんのテレビなのに歌舞伎さながらの重たすぎる演技は、ちょっとなぁ。だれかアドバイスする人というか、止める人がそばにいないのだろうか。それとも千葉さんのせいなのだろうか。
(そういえば、20代の頃の千葉さんは、あまりにも発声の仕方が悪かったのを思い出す。下手なうえに、何を言っているのかよく分からなかった。あの渋いセリフ回しが似合う年齢になるまで、ひどかったなぁ。)ついでに、亀治郎さんの言い方が、他のキャストまでに影響を与えているような気がする。
などと、無責任な文句をテレビに向かって言いながら観るには、最適な番組でもある。本当に妙な大河ドラマではある。
華がほとんどない『風林火山』にガクトが出るようになってから、良い悪いは別にして、ドラマにアクセントがついてきたようにも思う。
ついでにその謙信の傍らにいる宇佐美役の緒方拳さんがいい。
まわりでやたらとくどい演技連発の中で、涼しげで味のある表情を唯一見せてくれる存在である。ほとんどセリフなどないのに凄いね。

話がそれたが、そんな感じで、主役が見えず、やたら重厚な武士の世界
の空気を清浄化してくれているのが、千住明さんの曲なのだと思う。

ドラマは、もう川中島の合戦のシーンとなってきました。
第4次川中島の合戦で亡くなってしまう勘助。
実在したのかどうかはともかく「丹下左膳」や「独眼竜政宗」などと同じように、隻眼の男はなぜか魅力がある。

さぁ、明日から10月、神無月。
ちょっと寒くなってきましたが、風邪など引かないように。
では、また来週!


■サントラ『風林火山』収録曲一覧
1. 風林火山-メインテーマ-
2. 侵掠すること火の如し(侵掠如火)
3. 我に力を
4. 相克と謀略
5. 生きる事は愛する事
6. 風林火山-出陣
7. 散りふる花
8. 陰謀と策略
9. 山駆ける風
10. 風林火山-愛
11. 村の足軽
12. 摩利支天
13. 隻眼の画策
14. 動かざること山の如し(不動如山)
15. さらば故郷
16. ほの暗き森
17. 戦は我が人生の如し
18. 疾きこと風の如し(其疾如風)
19. 徐なること林の如し(其徐如林)
20. 誕生と死
21. 野望と挫折
22. 開かれる門
23. 蒼き月影
24. 風林火山-生きる
25. いざ出陣!決戦の地へ
26. やすらぎの人
27. 人生は一睡の夢
28. 天下が動く!
29. 風林火山-燃ゆる日輪

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 S.E.N.S.(センス)の楽曲を初めて知ったのは、14年前のことだろうか?
 ずいぶんと歳月が流れたものだ。
 あの三谷幸喜の脚本の「振り返れば奴がいる」が放映されていた時、
場面に応じた個性的で切れのあるサウンドがバックに流れていた。
まだ、S.E.N.S.(センス)という名前も知らないで、ただ音の新鮮さに驚いていたんだよなぁ。あの当時の織田裕二は、まさか世界陸上で空気の読めないメインキャスターをするとは思えない役者だったなぁ、「キレ」や「翳り」があって、その心情を押し上げるような効果音としてセンスの曲が盛り上げていた。
 
 S.E.N.S.は、男女2人組インストゥルメンタルユニット。
「Sound. Earth. Nature. Spirit」の略なんだそうだ。これまで、映画やドラマやCMなどの音楽を多数手がけてきているわけで、そのおかでアマチュアの舞台などの効果音としてもよく利用されてきていると思う。「センス」の深浦昭彦さんと勝木ゆかりさんのお二人にあらためて感謝だ。シンセサイザーの表現が、血肉をもったものとしてこの世に出現したという感じだったなぁ。

そういえば、「Heaven's Song」(ミセスシンデレラ)などもよく使わせていただいた。同様に、「wish」(恋愛曲集)もいいですね。
 ドラマでの使い所さえ間違えなければ、けっこう利用価値があります。

 「透明な音楽」(2000年8月23日)ベストアルバム
 「透明な音楽2」(2000年12月6日)ベストアルバム
 なんとまぁ、懐かしいアルバムたちだろうか。
 上の二つのアルバムは、センスの仕事の90年代の総集編みたいなもんですね。
 1994年 第8回日本ゴールドディスク大賞アルバム賞(インストゥルメンタル部門)受賞。
 2001年 第15回日本ゴールドディスク大賞インストゥルメンタル・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
 ふたりの仕事ぶりが、公に認められた賞ではあるが、それよりも何よりも以下のドラマやCMの音が、人の心の中に潜在的に記憶されてしまっているのが凄い。

 「振り返れば奴がいる」
 「あすなろ白書」
 「出逢った頃の君でいて」
 「輝く季節の中で」
 「ミセスシンデレラ」
 「青い鳥」
 「二千年の恋」
 「マリア」
 「美しき日々」
 「役者魂!」のメインテーマ
 ※NHKシリーズの「海神」など
 
 最近、何度もセンスの「恋愛曲集」を聴いている。また、機会があったら、なんとなく使ってしまいそうな気がする。ピアノ系統の音が中心的なアルバムだが、かつてお世話になった楽曲も含まれていたりして、思い出深いものがある。まだ、色褪せない艶っぽさがある。
 たまに、聴いていただければ幸いです。

■「恋愛曲集」収録曲

REMEMBERING ME
HEART
L'OISEAU BLEU
REFRAIN
人と時と風の中へ
風のように
MISSING YOU
FLYING
MARIA
FORBIDDEN LOVE
LOVE
WISH

 今日も、秋の月が出ています。
昨日よりは、ちょっぴり丸みの増した月が冴え冴え下界を照らしています。
 透明な果物、透明な音楽、透明な命…、
 それでは、来週まで。







 最近の科学系の書籍は、けっこういいんじゃないだろうか。
たとえば、もちろん効果音とは、まったく関係ないけれども最近ベストセラーになっている『生物と無生物のあいだ』などを読むと、自分が舞台の効果音さがしをイジイジやっている間に、なんだかものすごい所に到達してしまっている人がたくさんいるんだなぁと思い知らされてしまう。
 著者の福岡 伸一さんの経歴がむやみやたらと華麗で凄すぎる。
 分子生物学で、京都大学卒業後、ロックフェラー大学、ハーバード大学医学部博士研究員などをしたそうな。
 文章の切れ目ごとに描いている風景描写、たとえばマンハッタンの描写なども、科学者と思えないほど巧みだ。

 生命現象を「動的平衡」と書いていたが、確かにそうなんだよなぁ。
 凡庸な自分でも16才ごろ、「生命」とか「宇宙」などという言葉がたまらなく大好きだったのを思い出してしまう。そんな本である。
 そんなころ、地下鉄に乗りながら、「人」と「物質」はどう違う?
などと、できない頭で考えていたり、そんなことを思い続けていると、
人も地下鉄の車内も全部、原子や分子の粒でできあがっている砂に思えてきて、人という生命がまとっている砂と無生物である車内のすべての砂とは、どんな相違があるのだろうって思っていたんだよなぁ。
 今にして思えば、「動的平衡」的なことを漠然と感じてはいたんだなぁ。
 
 懐かしい…。

 ともあれ生粋の文化系人間である自分としては、その著書の意味あいをどれだけ理解しているのかは自信はないものの、読んでいると、「あそこに行けば、ものすごく魅力的な真理があり、そこに向かって歩いている科学者たちもたくさんいるんだよ~」ってな感じを受けて、一緒に歩きたくなってしまう。そういう意味では、道しるべのような著書でもある。
 その証拠に、各章ごとのタイトルいわば道標も気が利いている。

たとえば、

ダークサイド・オブ・DNA
チャンスは、準備された心に降り立つ
原子が秩序を生み出すとき
動的平衡とは何か
タンパク質のかすかな口づけ
内部の内部は外部である
数・タイミング・ノックアウト
時間という名の解けない折り紙
 
 いいね~、勝手に何かを想像してしまう。
 
 それにつけても最近の科学者は、文章がうまい人が多い。

 福岡さんの書いている文から、美しい曲が流れてくるような錯覚にも陥る。名著であることは、まちがいない。
 ちょっと前には、「中高生と語る[大脳生理学]の最前線」というのが謳い文句の脳科学系の作品『進化しすぎた脳』も素晴らしかった。
 かつて糸井重里さんと対談していた『海馬』も面白かったのだが、この『進化しすぎた脳』は、わかりやすさという点に関しては最高だった。著者の池谷 裕二さんが研究してたどり着いたその場所も、実に、憧れてしまうような地点にいらっしゃる。

 かつてソクラテスは、「人は16才までに、世界についての疑問にすべて気づき、それ以降はどんどん忘れて行く」と言ったというのだが、
けっこうな年齢を重ねた後に、ふとそんな疑問たちを思い出すこともあるんですよ。
 だから、レベッカやボウイの復刻盤CDもやたらと中高年にも売れたりするんだよなぁ。
思春期に抱いていた「疑問」や「願い」や「夢」には、きっと、それに寄り添うように曲や音が存在している。時には、胸の鼓動であったのかもしれないが…。

 夜、一服するためにベランダに出てみれば、首をかしげているような半月がそれなりに煌々と輝いていた。
月が美しい季節になりました。
新しく作る舞台や発表に向けて、きっと曲探しやら、SEさがしに四苦八苦している人も多いのではないだろうか。

曲を探す時、まずは台本を何度も読みますね。
まずは、どれぐらいの効果音が必要になるのか?
ですね。
MEとSEがどれくらいの数になるのか?

そして、
台本を場面の意味上で、ブロック分けにする。
その台本の各ブロックが表現している感情の状態が、「明」なのか「暗」なのかを単純に分けたり、
その場面での感情がどんな曲線を描いて、高まったり、下がっていったりするのかを考えたりします。
悲しいのか。
嬉しいのか。
怒っているのか。
などなど…。

そして、あたりをつけつつレンタル屋やレコード店に行ってみる。
昔は、レンタル屋なんかなかったから、一つのLPを選ぶのにも、ものすごい集中力が必要とされていたもんでした。
音を試聴することもできない場合が多かったので、まさに神に祈るようにして、買ったもんでした。
今じゃネットで試聴できたりもしますから、本当に隔世の感です。

山積みのCDを前にして、とりあえず前奏の数秒を聴いてみる。
長年、同じことを定期的にしていると、不思議なもので前奏の数秒で曲の全体像が予想できたりする。とは言っても、とりあえずの予想なわけで、最終的には、すべてじっくり聴くのですが、CDの枚数によっては、やたらと時間がかかってしまう。
お次は、めぼしい曲を流しつつ、台本を読み、そして、役者がセリフを言うテンポと曲の関係性がフィットするかどうか。そんな気が遠くなるようなチェックが始まるんです。やむを得ず自分で朗読したりします。
何度もテストを繰り返して、候補を選ぶことの繰り返し。

あの役者さんの紡ぎ出す言葉と言葉の間にピアノの音をしのびこませるにはどの辺から曲をスタートさせたらいいいかとか。
「暗」から「明」に気持ちが動いていく過程に合わせて、曲もマイナーから始まって、やがて転調し、メジャーコードに変化するものをさがしたりとか。
同じ音色にならないように、全体の構成を考えながらギター、ピアノ、オーケストラなど配置も意識する。
(こんなことなんか当然のことだと思うのだけど…。)
さまざまな配慮が効果音(ME)には必要と思われるのですが、僕の身近では、自分と同じ感覚の持ち主には、まずめったにめぐり会えなかった。
どこかにそういうタイプの人はたくさんいるのだろうに…。

残念だなぁ。

そういえば、
昔、スライドのナレーターの人のセリフ練習に曲をあてていた時のこと。僕は音の担当で、もう一人の方がスライド全体の責任者でしたので、そのナレーターの読み方のダメだしをしておりました。

黙って音をいじっていた僕が、たまたま「ここの後のセリフをもっと強めに言ってくれるかな?お願いします」と言ったら、もう一人の責任者が妙に自信ありげに、「いや、そのままで」と、まったく逆の発言をしてしまって、ナレーターが戸惑ってしまったことがありました。
こういうのっては、よくあることなんですが、その背景の奥は深い。

そんなことが起きる最大の原因は、メロディーラインだけでなく全体的な曲の持っている「曲想(この場合は、感情のベクトル)」を理解してくれているかどうかということ。
そして、そこに書かれてある文章が表現された場合の状況をどれだけイメージしているかという、いわば「音と言葉に対する理解力の差」が引き起こしてしまう現象なのだと思います。
文章を書いた人間は、自分がその内容を分かっていると思いがちですが、実はそうでもない場合もけっこうあるのです。
音を担当している側としては、このセリフを行った後に曲想が高まってくることを知っているわけで、もちろんその文章の気分が高まるポイントに合わせて選曲しているのに、残念ながら、分からない人もいるということです。(説明するのも、相手によるのでいやはやな時もありますし)
もちろん、それは自分の思いこみかと自問自答することもありますが…、選び抜いた曲の真意を制作段階でわかってもらえないと、ずいぶん辛いものです。

日本のどこかで、僕と同じように「音」と「台本」に向かい合いながら、しかめっつらしている人がけっこういるのだろうなぁ…。
そんな人の仕事を観て聴いて、学んでみたいですよ。

秋ですからね。そういう季節です。
















無限とも思える黄砂の大地
灼熱の砂漠
炎熱地獄の旅路
三蔵法師たちの旅は、まだ始まったばかり…、

目指す天竺は遙かに遠い。

秋ですね。
学園祭や学校祭、はたまた学芸発表会の季節です。
きっと、「西遊記」にチャレンジしている学生たちもたくさんいるんじゃないだろうか。
舞台の上で大暴れして、物語の終わりにもっともらしいセリフを投げかける。わかりやすい物語の典型です。
誰が演じても、アニメであっても「西遊記」っていうのは、アジア人の心にちょっとした刺激を与えてくれる物語です。
そういえば、
8月11日に、香取君主演の映画「西遊記」のサントラもリリースされました。試しに聴いてみると、意外といいです。

映画「西遊記」を中国の留学生が観ると、たいてい「こんな最低な悟空はいない」といった感想をもらすという。
堺正章のイメージが頭に焼き付いているお父さん世代は、香取悟空があんまりにも「なまか」などと吠えすぎると感じるらしい。

でも、いいんじゃないですか。
16世紀の中国で生まれた「西遊記」という物語。
そこに出てくる怪しげな妖怪は、人の心の傷がシンボライズされたものだし、どんなに悟空が活躍しても本当の意味合いは、三蔵法師が求める仏教にこそあるってなわけで、多少変な悟空がいても物語の本質は変わらない。心の傷の癒しが「西遊記」の本質的な部分を担っているのでしょう。目指すゴールがどこまでも遠い先にあるのがいいんだなぁ。

そんな遙か彼方の道を歩む物語の後ろに流れる音として、今回のサントラは、よくできていると思います。
武部聡志音楽監督の成果でしょう。
ここに収録されている「旅人」にしても、いかにも西遊記的なサウンドです。
アマチュアの劇の後ろにこれを流して、悟空の扮装をした役者などが、ちょっと頑張ればそれっぽく見えることでしょう。

それにしても「悟空」という名前は、いいネーミングじゃないですか。
「空」を「悟る」者、ものすごく直球なネーミングです。
当時の無学な庶民でも、すべてを感じることができるという大乗仏教系の僧侶たちの無言の策略とでもいうようなものがなんと二千年年以上もの歳月がたっても、影響を人に与えているみたいです。

だからこそ、きっと誰が演じてもそこそこ様になるのではないでしょうか。勇気を出して演出したり、演じてみてください。

■『西遊記』の収録曲一覧
1 Opening Title / (34秒)
2 西風的記憶~西風の記憶 / (1分59秒)
3 威風凛々 / (3分18秒)
4 金角銀角 組曲#1 / (5分14秒)
5 Battle~烈火の如く / (4分18秒)
6 Princess Reimi~Voice of Angel / (3分44秒)
7 からくりワルツ / (2分46秒)
8 阿吽~movie edit / (3分21秒)
9 剣~movie edit / (4分48秒)
10Princess Reimi~Strings / (3分55秒)
11金角銀角 組曲#2 / (5分5秒)
12虎の民よ / (2分49秒)
13Nirvana~movie mix / (3分32秒)
14Princess Reimi~Piano / (1分46秒)
15Battle~宮殿の戦い / (4分49秒)
16黒雲の魔物 / (2分40秒)
17光輝 / (3分7秒)
18Finale / (2分39秒)
19夢幻~movie mix / (4分49秒)
20旅人-movie ver.- / (4分14秒)


 台本を持たずに立ち稽古できるということは、役者がセリフを暗記した状態になったということです。
 台本を持ったままでは、いつまでたっても、大まかな立ち位置を教えたり、セリフ回しについて指導したりという域を出ません。
 なぜなら、両手がふさがってしまっているために、手だけだなく全身の表情が出てきませんし、なによりも台本を読むためにうつむき加減になってしまっているので、顔の表情や視線の動きなどがまったくできない状態のままになってしまうからです。
 とりあえず、役者がセリフを暗記している状態を仮定して、次の項目について述べていきたいと思います。

 「セリフを言いながら自分なりの考えで動いてごらん」とやらせてみても、なれない役者さんは、演技しながら舞台の上を動き回ることはできません。
 たいていの場合は、舞台の一カ所にかたまってしまって、
ゴチャゴチャしたような感じになってしまいがちです。
 こういうふうになってしまうと、客席からは何をやっているのかがわかりません。
 したがって、舞台にあがっている複数の登場人物たちを、大きく分けて下手・中央・上手の三カ所に分散させてやる必要があります。その分散のさせかたについては、台本によっても違いますし、ドラマの流れの中においても流動的なものです。しかし、ポイントごとに、舞台を四角い額縁に見立てて、良い絵柄を追求すべきでしょう。

これについては、さまざまな演劇を観て目を肥やすことが一番の力になりますが、たとえば、いろいろな劇のパンフに載っている写真などを眺めた時に、人の配置の仕方に注意して見るのも結構勉強になります。
とにかく舞台に変な間があかないように、役者を動かしてみましょう。
 
 役者が上手くできない場合に、それを解消する方法としていくつかのやり方がありますので、紹介します。

①その役らしいセリフ回しができない時

最初からすべてのセリフを上手く言おうとするから、失敗するのです。
人間そんなに上手に役作りなどできるはずがないのです。いかにも棒読みで、ぎこちない言い回しは、聞いていても疲れるのですが、しばらくは我慢しましょう。その人間の手直しに時間をさくと、他の役者への指導が減りますから、劇作りのスピードが遅くなります。先に、自然と役に入れる者たちの指導をして、劇全体のテンションを高めてから、うまく言えない者の指導にあたった方が賢明です。

 ※その下手な役者の指導について
   
・その役柄のもっている特徴的な短いセリフをマスターさせましょう。
たった1行のセリフでも、その役らしい言い方ができると自然に他のセリフの言い方も改善される場合が多いようです。

・場面に応じたBGMなどを流しながら言わせると、音に合わせてしゃべりのテンポが改善されることが多いです。それによって気持ちが入って言うことができるようになると思われます。
  
  ②その役らしい動きができない人の指導
 
演技するというのも、人にとっては非常にやりにくいものなのでしょう。
まず、その役柄のその劇中での感情について、単純に指導するならば、
  ・嬉しいのか
  ・悲しいのか
  ・怒っているのか
といった3パターンしかありません。この3つのうちのどれかの表情をしていれば、だいぶ劇の雰囲気がちがいます。セリフも、これらの表情に応じて色合いが変化していきますし、動きに関しても、かなり変容してくるはずです。

また、台本を持たなくなった「手」というのが、とても扱いにくい物と感じてしまう人がでてくるかもしれません。
そんな時には、バックとかノートとかその役に応じた何らかの
「小道具」を持たせてやるといいかもしれません。
その小道具をいじりながら、セリフを言わせていくと、けっこうさまになって動けるようになる場合もあります。

さらに、その役のキャラクターについて深く考えさせたい時には、その役柄の人間がどんな人なのかを想像させることも有効です。台本には書いていなくても、おぼろげに推測できることを作文に書かせるのもいいかもしれません。
その人のクセとか趣味とか、
幼いころの傷とかとにかく何でもいいから、想像させてみてください。
それは、いわば役柄の「履歴」を考えることにつながるからです。
 たくさんの映画やテレビドラマを見てきているみなさんは、とっくに感じていらっしゃると思いますが、昔の神話も現代の「スターウォーズ」も、基本的なストーリーの構造は同じです。
 「水戸黄門」も「西遊記」もやっぱり同じ構造で、そんな類似のストーリー形態をもっているドラマなどは、けっこう見つけることができるのではないでしょうか。
 
 結局、基本的な構造は同じでも、そのキャラクター設定とか、時代的な環境が違っているだけにすぎないわけです。
したがって人の作品を分析して換骨奪胎をはかるというのは役に立ちます。
たとえば、私は、三谷幸喜さんのドラマを分析するのをよくやっていました。 そのうちの一つ、1995年のテレビドラマ「王様のレストラン」を考えてみると、三谷幸喜さん独特の「ある一定の~しないとヤバイ状況に陥る」というシチュエーションが見事に展開されるドラマでした。 もう12年前の話です。歳月の流れは早いもんです。「やっぱり猫が好き」においても、シナリオ上で実験的な試みがなされていました
 作品をノートにとって、その面白さの分析すると、彼のどの物語も基本は
「個人(集団)を特殊な状況に追い込む」ということでした。もちろん、キャラクターに、ちょっとしたキズをつけて魅力的にし、小さなプライドやささやかな見栄のために翻弄されていく情けなくともかわいい人間の描き方は、どの作品でも見事なできばえです。  
 最近話題になった『キサラギ』も、たとえば、かつてのアメリカ映画『12人の怒れる男』と同じ流れをくんでいます。これについては前述の三谷幸喜も興味をもっていたらしく『12人の優しい日本人』という映画を発表しています。

 結局、話を戻しますと、台本を考える際には過去のさまざまな物語を想起し、その基本構造を抜き出してから、キャラクターを変えたり、設定を変えながら、ものになるかどうかを試行錯誤してみるのもいい方法ではないかと思います。
 仲間と劇の台本をどうしようかと考える時、まずは脈絡のない世間話から始まります。ニュースやその時々の話題、世の中の傾向など、とにかくくだらないことから価値のあることまで、さまざまな話をしていきます。相手の状況や心の中に巣くっているテーマになりそうなものがないかどうかを確認する作業でもあります。
 ファストフード店で5時間ぐらいは平然としてうだうだいる客なので、きっと、お店としてはかなりの迷惑ではないかと思います。その状況から、何かのヒントをつかまえようとしているわけで、ダメな場合はさらに延々と話続けることになってしまいます。
 
 劇を作り初めたころは、こんな場面を作ってみたいとか、こういうシーンがあると悲しいのではとか、こんなセリフを言わせてみようとか…、なんだか分からないけれども、そういう思いが浮かんできて楽だったのですが、今ではそうはいきません。
 なにせ20年間で40本以上の台本を作ってきたのですから、それはもう悪戦苦闘してしまいます。

 そんな時に、いつも気になるのが「何を描きたいのか?」ということです。
 いわば、テーマということになるのでしょうか。頭の中でこねくりまわしていても、そう簡単にはものにはなりません。ふだんからのお勉強というやつが足りないのを痛感するのもこんな瞬間です。自分がどんなものが好きで、自分の心はどんな傾向があるのかということが見えてきてしまって、嫌になることもままあります。

「喜びを描く時は、悲しみを描く」
 「不安や切なさを描くときは、その前の幸せな状態を描く」

そんなことを思いつつ、「どんな喜び・どんな悲しみ」が自分の内にあるのか、または、社会にあるのかという問いの答えを見つけようとする行為には、かなり人間的な知恵が要求されるのです。
 したがって、台本が一応完成し、立ち稽古の段階になてもなんだか釈然としないと思いながら過ごすことがよくあります。生徒たちの演技がうまくなってくればくるほど、自分たちで、作っていながら、あらためて「あぁ、この劇はこんな劇だったのかぁ、なるほど~」などと、当初に描いていた自分たちのイメージの差を感じて驚いたりするのです。
(その段階で手直しが入ったり、ラストシーンの変更が生まれてきます。)

「何を描きたいのか」ということについては、ようするに台本制作の段階でまず思考し、稽古をする過程で考え直し、本番を終えてもう一度考えるという作業の中でしだいに本物に近づいていくのではないでしょうか。








『交渉人 真下正義』の音は、いまいちだった。
『容疑者 室井慎次』の音も、残念だった。
でも、本家『踊る大捜査線』のサントラはさすがだった。

『RHYTHM AND POLICE I~V』が、すべて合わせて100万枚を突破したのだという。
あまりにも有名なので、そうとうほとぼりが過ぎないと使えないけれども、このサントラはドラマのボルテージに引っ張られてというか、やっぱり相乗効果でよい仕上がりになっている。
劇中音楽の傑作ではないだろうか。
 
 降りしきる雨の中、
 捜査員が被疑者の痕跡を求めて、必死の活動をしている
 疲労困憊であっても、
 地面に落ちているはずの証拠物件を必死に探す、名もない警官たち
 どんなに非難されようと
 どんなに打ちのめされようと
 仲間のために、仕事を続ける者たち
 
 松本晃彦さんの音がそこにはまってくる。
 人は一生に一度世の中に残る仕事をするものだとするなら、
 この『踊る大捜査線』の音効は、まさにそれだろう。


■『RHYTHM AND POLICE I』の収録曲一覧

1. The Intro
2. Rhythm And Police
3. C.X.
4. Ding Dong
5. Life
6. Love Somebody (Jungle Version)
7. G-Groove
8. Moon Light
9. Search Out
10. Stalker
11. Red
12. Otoboke
13. Give Me A Baby
14. Love Somebody (Sweet Love Version)
15. The Outro










 倉本聰さんは、今、何歳なのだろう?
 70才ぐらいだろうか?
 倉本聰先生のシナリオを書く技術は、
 ご存じの通り、ものすごいものがある。
 言葉の職人というか、
 人間観察の職人というか、
 その頭脳はいまだに健在であるのがファンとしても、うれしい限りである。
 2005年に放送された「優しい時間」は、実に地味なドラマではあったが、
 最近のやたらと無駄に起伏が激しいドラマと比較して、
ずっと安心して観ることができるものだった。

 湧井勇吉(寺尾聰)が、かつてエリート商社マンであったが、今は、
喫茶店「森の時計」のオーナー。妻(湧井めぐみ - 大竹しのぶ)の死と息子である湧井拓郎(二宮和也)との心のすれ違い、
そして、
皆川梓(長澤まさみ)と織りなす人間模様。
ゆっくりと舞い降りてくる富良野の雪…
炒りたてのコーヒー、

優しい時間。

 二宮和也のあの中途半端なというか、ある意味、奥の深そうな寂しげな笑顔がいい。
 かつて、倉本先生は、音は「スネークイン」が好ましいと言っていたことを思い出す。フェイドインではなく、スネークイン。
 スネークインというのは、
 きっと倉本先生の造語だろうと思いますが、曲が鳴っているかどうか分からないぐらいに静かに音を画面の中に、本当に微かに忍び込ませる方法を言うのだそうだ。
 二宮君の笑顔もそんな「スネークイン」的な感じがする。気がつくと微妙にほほえんでいる。
 いや、その前から周囲の感情の中に忍び込むように微笑んでいる。
 微笑みのスネークイン。いやはや。
 「拝啓、父上様」でも、そんな細やかな表情ができる二宮君が使われた理由がよく分かる。
 
 倉本先生には、長生きしてほしいと思う。
 
 さて、倉本先生のことを思うと、どんどんいろんな言葉がよみがえってくる。自分が忘れないためにも、印象に残った言葉を書いてみたいと思います。
 
①毎日が勉強、いい山ほど裾野は広い。どんなことにも面白がること。
 芸人と物書きは他人を観察する仕事なのです。

②ものを「つくる」ということは、
 make(作る)とcreative(創る)があると思う。
例えば、葬式のシーンで登場人物が泣くという発想は「作る」、
 葬式ではしゃぐと考える方が「創る」だと思う。
 creativeしてください。

③状況設定が良ければ、物語は広がる。

④セリフというのは、二重線を持つんだ。
一つは、はっきりと意志を伝達するためのもの。
 もう一つは、その場を取り持つためのもの。
 つまり、日常会話だね。思わず意味もないことを言っている場合が多 いんだよ。そこに生まれる間だとか、ずれが面白いんだ。

⑤ドラマを想起する前に必ずやらなくてはならないことは、
 「人物の履歴」(キャラクター設定)と
「舞台設定」(キャラクターが活動する場)です。

⑥大きな感動には、誰もが気付くけど、ケチな感動には気付きにくい。
 ケチな感動を大切にしなさい。

⑦人間の長所を描く時に、欠点を一つ与えるだけで長所が光るのです。
例えば、一見加害者、実は被害者という人物が描ければいい。

⑧起承転結が何よりも大事である。

⑨悲しいシーンだからといって、のっけから悲しくするな。

⑩たとえ一千万人を感動させても、たった一人を傷つけるなら、
 書かない方がいい。

 優しい時間を生み出すためのベースは、厳しい時間がそこにあったんだなぁ。
 
 あぁ、秋の月が美しい、そんな頃になってきました…。



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