舞台の効果音

演劇、ドラマ、映画、効果音、音効、サントラ、サウンドトラック、 プレゼン、劇、学校祭、音楽、BGM、SE、音、曲、学芸会、学園祭、発表会など ドラマについてや場面に応じた音楽などの話題を中心としたブログです。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



『のだめカンタービレ』のスペシャル版がやってくる。
来春1月4日・5日、2夜連続だそうだ。
実に、楽しみである。

たとえシュトレーゼマンが竹中直人であっても、
ウェンツやベッキーが参戦してきているにしても、
なんにせよ、
あの「こたつ」のようなぬるま湯っぽく、それでいて変態の森のブラックホールとでもいうべき世界に会うことができる。
いいねぇ、
再び、のだめや千秋に会うことができるわけだ。

第1弾、第2弾と行っているヨーロッパロケも快調だったようで、
第1弾のロケなんかでは、約20日間も撮影していたという。
単なる月9ドラマだったのに、進化したものだ。
それに、
上野樹里さんも玉木宏くんにしても、なんだか楽しそうなのがいい。

そういえば
玉木宏くんは、最近やたらと宣伝している『ミッドナイトイーグル』に出演している。
雪山での撮影中、玉木くんは10kgも太ったそうな。
玉木くんの体調を心配した映画のスタッフが1日6食ほど用意して接待していたのが原因という。
とりあえず今はもどったというが…。
そんなことより、あの『ミッドナイトイーグル』はかなりまずいのではないか。
数週間前に見たプロモの映像にしても、なんともいただけない。
しかも、最近の大沢たかおさんは、なんだか妙に不気味になってきているし、
まして、
竹内結子の顔は変になってきているように思う。
人間不信というか心の闇の部分が、隠しきれない感じになってきているようにも感じる。

そんな共演者とともにいる玉木くんもなんだか精彩を欠いている。
いかんなぁ、
千秋先輩のピンチなのでは…。
しかも、
「北アルプス山中に墜落した米軍のイーグル戦闘機に搭載されていた秘密兵器をめぐる攻防を描く山岳アクション大作」
という『ミッドナイトイーグル』の謳い文句もねぇ、
既にダメでしょ。
リメイクと他国の良いと言われる脚本を拝借ばかりしている脚本欠乏症候群のハリウッドがすでにやっているようなことを、わざわざなんで日本映画でやるのかなぁ。
そんなの苦手科目なのに、日本映画は。

その点、『のだめカンタービレ』のスペシャルは、期待できる。
なぜなら、ヨーロッパ編でもある原作のコミックの10巻~19巻のストーリーが粘り強く描きあげられているからだ。
きっとかなり孤独で苦しい作業であるはずに違いない作業を二ノ宮知子さんはしているにちがいない。のだめと千秋のようなフランスでの物語のような話を、これまで誰も描いていないのではないだろうか。
このタイプの漫画のある種のフロンティアでもあるような気がする。
きっと、好きな酒をがんがんあおりながら、未知の分野に立ち向かいながら、勇気を出して描き続けているんだろうなぁ。
恐るべし、漫画家二ノ宮知子というわけだ。

さらに、この『のだめカンタービレ』を演出しているのが武内英樹さんであるのが大きい。(アニメより実写版の仕上がりがいいのは彼のおかげだと思う)

武内 英樹さんはテレビドラマ演出家、もちろんプロデューサーでもある。
手がけた作品も多い。
1996年から現在までほぼ30作品弱を制作している。

みにくいアヒルの子(1996年)
ひとつ屋根の下2(1997年)
ナースのお仕事2(1997年)
Over Time-オーバー・タイム(1999年)
カバチタレ!(2001年)
ロング・ラブレター~漂流教室~(2002年)
大奥第一章(2004年)
電車男(2005年)
小早川伸木の恋(2006年)
のだめカンタービレ(2006年)
などなど…。

『Over Time-オーバー・タイム』のテーマは良かった。その躍動的なインストルメンタルをいろんな場面に使用させていただいた。

また、
『ロング・ラブレター~漂流教室~』は、SF的な話だが、丁寧に演出してくれていたと思う。常盤貴子は魅力的だったし(ただ、カバチタレとほとんど同じ演技をしていたが)、生徒たちの中には、その後からぐんぐん人気が出た者たちも多い。ホテルの壁から錆びた栓抜きを使って身を守る常磐貴子のシーンが良かった。
ただ、残念だったのは、CGを使った表現だった。
ちゃちだったんですよ。

でも、その後4年たっての『のだめカンタービレ』では、「プリごろ太」の劇中アニメや「のだめ」のさまざまなシーンに使っているCG効果は成功している。格段の技術の進歩でもある。
ぜひ、来春のスペシャルでは、プリごろ太でフランス語をマスターするのだめのシーンを観たいもんだ。
(のだめは、プリごろ太のセリフを丸暗記していたため、この作品のフランス語吹き替え版『Prilin et Gorota PRIGOROTA』を見て、フランス語を習得した。)
のだめの映像は、よく見るといろんな所に遊び心を残したものになっている。

映像にこだわり、
音効にも当然のごとくこだわり、クラシックの演奏シーンをリアルにするために主要キャストは担当の楽器を習わせた。
ついでに「のだめオーケストラ(のだめオケ)」も誕生した。
※さわやかで若々しい演奏を披露してくれた。また、協力してくれている東京都交響楽団
の存在も大きい。
キャストにしたって、
「電車男」「ウォーターボーイズ」、「スウィングガールズ」などの
若手に招集をかけている。
武内さんの子飼いの者たちも多い。
オーケストラというチーム編成にはぴったりなのではないだろうか。

恐るべし、演出家武内秀樹というわけである。

ただ、
『のだめカンタービレ』でちょっとだけ心配なことは、千秋真一のコンプレックスであった乗り物恐怖症(幼い頃のトラウマで飛行機にも船にも乗れない)という設定が、のだめのインチキくさい催眠術で解消されていることである。
海外進出とひきかえに、大事なキャラクターのキズをなくしてしまった。
したがって、フランス編では、物語の視点が各登場人物に移って迷走することにもなってしまう。
心にキズがある者の方がドラマにしやすいという典型的な例だと思う。
おかげで、一見頑張っている青春群像ふうに最近のコミックのストーリーはなっている。
とりあえず
最近では、再び、のだめの視点に物語が移行してきているようだ。

さて、変態の森に踏み込み、
本人も意識せずの面倒見の良さによって、
順調に道を踏み外してきた千秋の今後はどうなるのだろう?

こちらも、
師走を乗り越え、なんとか来春にたどり着くようにがんばろうか。




スポンサーサイト




『ガリレオ』がものの見事に順調である。
いいことだ。

さて、柴咲コウは、美人なのだろうか?
ふと気になる。
福山雅治と並んで会話をしているシーンなんかを見ても、どちらかというと顔立ちが整っているのは福山くんの方である。

柴咲コウは、美形とは言えないのではないか?
どうでもいいようなことなのだが、考えはじめるとやたらと気になってしまう。
きっと資生堂の白ツバキ的なCMに参加することになれば、白いコートかなんかを纏って、さわやかに髪を風になびかせながら振り向きながら微笑むぐらいのことはするだろうし、それはそれでけっこうさまになるのではないかと思う。(最終的には似合わないかもしれないが)

人間の顔というのは、まことに不思議である。

柴咲コウさんには失礼だとは思うが、この人にとってもっとも魅力的な表情は、顔をしかめてあっかんべーをしてるような時なのではないかと思う。
にらんでいたり、怒っていたり、不満そうな表情をしたり、通常では綺麗と言われない表情のジャンルでなぜかしら魅力を放っている。

ほんとうに人間の顔というのは、不思議である。

顔の輪郭と眼と鼻と口などのエレメントがちょっと寄ったり離れたりの微妙なバランスで、なんらかの美醜を他人に表現してしまうわけで、
柴咲コウの演技を見ていると、ドラマとは無関係に「人にとっての顔の意味」ってなものを思わず考えてしまうのだ。
気になりだすと、止まらなくなるわけで、
逆に、柴咲コウにとって魅力的ではない表情というのは、「憧れ」を表しているような場合の表情なのではないかと思う。
たとえば、今回のガリレオでも、制作スタッフは福山くんにボクシングをさせている。
相変わらずあざといのだが、
パンチを繰り出す福山くんを見つめる柴咲コウの憧れでうるうるしている表情がなんともはや魅力的ではない。
本人の日常生活にあまり使っていない表情なのかもしれないが、とはいっても、なんぼテレビを見ている福山ファンの女性たちを代表して、シンボリックにそんな表情をしているにしてもだ、なぜかしら説得力がないのがこれまた不思議な感じがする。

なぜなんだろう?
ちなみに「月のしずく」などでの歌というツールを使っての声の表情は、見事だったりする。
これもなぜなんだろう?
ガリレオ本編の内容より、気になってしまう。

ちなみに、ゲスト出演の深田恭子の悪女役は、実にピッタリくる。
こういうパターンの方が本人にとってもいいのではないかと思う。
特に、
最後のシーンあたりでのいかにも悪そうな恨みがましい表情が自然に感じるのも、考えてみると不思議である。
通常の彼女が出演してしているドラマなどでよく見かけるのだが、口を軽く半開きにし、トロンとした目で甘えたセリフ言ったりしている彼女よりも、誠に人間らしい表現ができていたように感じる。

憎々しげな表情の方が、普段の日常生活の中で無意識に多く使ってしまっているからなのだろうか?

それとも、そもそも基本的に、「男に媚びる女の表情」自体が無理のあるフェイクということか。

ほんとうに人間の顔っていうのは不思議だ。
ドラマは順調で、「予知る」でもゲストの演技派塚地くんの妙なうまさが目立った回ではあった。
最後の場面で、パトカーに乗り込んだ自分を騙し続けた妻(深田恭子)
を見つめる表情が上手い。
いくつかの感情が、あの丸い顔の中に浮かんでは消えているかのように
見えた。ご立派なのでは、その実力。

とりあえず、今回のあらすじっぽいこと----------------------------
事件が起きたのは半年前。
研究室の栗林(渡辺いっけい)の友人で、食品加工会社を経営する菅原(塚地武雅)がトラブルに巻き込まれていた。
菅原の知人の冬美が「結婚してくれないなら、死ぬ」と言い残して、首を吊り自殺をしたという。
それがために菅原は、妻の静子(深田恭子)から離婚を言い渡され、多額の慰謝料を取られていた。
しかし、不思議なことに菅原は、冬美が自殺する1週間前にも同じ部屋で女性の首吊りを目撃していた。
その女性が誰だかわからなかったらしいが、
栗林は、菅原が冬美の自殺を予知していたと主張する。
しかし…。
-----------------------------------------------------------------

サントラもついに発売されています。
曲を聴きながら「さっぱりわからない」と言ってみるのもいいかもしれません。
■『ガリレオ』収録曲一覧
1 vs.~知覚と快楽の螺旋~
2 覚醒モーメント
3 KISSして(jazz ver.)
4 vs.~知覚と快楽の螺旋~(guitar×piano ver.)
5 覚醒モーメント(mid funk ver.)
6 KISSして~epilogue~(solo piano ver.)
7 探偵ガリレオ
8 帝都大学
9 燃える
10 物理学科第十三研究室
11 転写る
12 霊視る
13 湯川学×内海薫
14 予知夢






NHK教育
劇場への招待(2007年11月23日、午後10:25~翌日午前0:40)
                           
「何日君再来」                       
                            
日生劇場での筧利夫の舞台をテレビで観ることができた。      
                        
これが、あの噂の舞台かぁという感じだった。
日生劇場に行くには遠いし、なんかで放送されないかと思っていたやさきに観られるとは、ありがたかった。

舞台冒頭、
車いすに座って筧さん扮するプロデューサー日向のモノローグ。
ジョン・レノンの「イマジン」が流れる中、幕が開くと、車椅子に乗った日向英一郎が語り始める。

「この世には、歌ってはいけない歌、奏でてはいけない歌が存在する。
たとえその歌が人々に愛され、口ずさまれていても、である…。」
語られていくそのセリフ。
「…、中国にも、かつて禁じられた歌があった。
それが『何日君再来』である。」

いやはや、なかなかいいですね。

テレサテンの『何日君再来』にまつわる物語を想像し、フィクションとして舞台に表現したこの作品、キャストもけっこういい。

日向英一郎:筧 利夫(レコード会社の音楽プロデューサー)
リン   :黒木メイサ(日向と共にテレサで中国を救おうとする女) アキラ  :藤原一裕(歌手志望の在日華僑三世。中華料理屋を営む) 美華   :石川梨華(アキラの店で働くウェイトレス)
テレサ  :en-Ray(アジアの希望を担う歌声の少女)
孫    :遠山俊也(北京新報社の民主化を望む記者)
劉    :山本 亨(台湾マフィアのボス)
青空のぞみ:彩輝なお(先輩歌手。隠しているが実は在日韓国人)

あらすじ
日本人音楽プロデューサー・日向(筧利夫)と中国のスパイ・リン(黒木メイサ)が出逢った、類い希なる歌声を持つ台湾人の少女・テレサは、台湾の「対中秘密兵器」だった。
テレサをアジアのスターに育て、「歌で平和のために戦いたい」という日向と、その熱い思いに夢を託すリンとテレサ。テレサを奪うべく追ってくる台湾マフィアと中国公安部をかわしながらも、三人はやがてコンサートを行うべく、民主化運動に燃える学生たちと中国人民解放軍が一触即発状態となった北京へと向かう。
(アールユービーのホームページより)

脚本の羽原大介さんも、映画『フラガール』『パッチギ!』で、のりにのっている。
さらには、演出の方も岡村俊一さんですから、これまでの『蒲田行進曲』『つかこうへいダブルス』『歩兵の本領』をプロデュース、演出
してきたのと同様、「つかこうへい」の流れをくむものだ。

テレサテンを題材にしているからって、別に実話ではないし、それこそまったくのフィクションなわけで、また、架空であるからこそ、
当時のアジアの真実やら、国際政治の裏めいたものやら、歌の存在意義などなどが気持ちよく表現されている。

唾液を放射しながら、語りまくる筧さん、つか門下生としての面目躍如たるところだ。飛龍伝の頃を彷彿とさせるね。
とにかく
京劇あり、
ダンスあり、
アクションあり、
テレサの歌あり、(テレサを演じるen-Rayの歌声がいい。)
とにかくもうサービス精神旺盛な舞台となっている。

舞台セットも奥が階段状になっているものを固定化し、あとはバトンのつりものの上げ下げによって、ある時は船、ある時はキャバレー、そしてあるときは、マフィアのあじとなどと変化させていた。非常に上手い。

元モ娘の石川や辻(出産で出演できなくなった)そして、吉澤らがダブルキャストで行う美華役は誰がやってイマイチなのかもしれないが、
ただプロのアイドルとしての意地みたいなものを石川の様子を見ていると感じてしまう。
ようするに下手なんだけど、「私はアイドルです」的なオーラを発散
して舞台に立っていたんだなぁ。(浮いている感じはするが)

それに比較すると黒木メイサの舞台での動きは見事にキレがあった。
「テレサは軍事機密を握っている」とテレサを追う中国共産党の諜報員リン役がはまっている。あのきつい眼が役柄とマッチして、存在感をあたえていた。予想以上の演技力で、驚かされた。

辻褄よりも、伝えたいことを伝えるというあの「つかこうへい」の舞台は、エネルギッシュだが少々観ていると疲れてしまう。
また、あまりにも奔放なので、その伝えたいことも拡散してしまう短所もあったが、この舞台は門下生たちが、マイルドにサービス精神旺盛に客席をひっぱりながら、伝えるべきことを伝えてくれた。

日向こと筧さんの最後のモノローグもそれまでの2時間の舞台があってこそ、染みてくる。
「『イマジン』は、これまでに三度その意味を問われたことがある。一度目は1971年、イマジンが発表された時。ベトナム戦争が泥沼化していたこの時期に平和の歌を歌ったジョン・レノンは、FBIにマークされ、アメリカ政府は彼に国外退去命令を出した。二度目はジョン・レノンが死んだ時。いまだにその死の謎は、政府により隠ぺいされたままだ。そして三度目は、2001年…9月11日。アメリカ中が報復攻撃へと沸き立つ中、政府はこの歌を放送することを禁止した。
この歌もまた、「歌ってはいけない歌」として、国や歴史に翻弄されているのである。
人の歴史が刻まれる、その遥か昔から、人は歌を歌ってきた。あるときは、喜びを表すため、ある時は悲しみを癒すため、そしてある時は、戦いに向かう己を鼓舞するために…。人はその時、自由だったはずだ。…なのに今は……。」

舞台の後の対談で、筧利夫さんが、
「人は舞台を観ているようで、自分の心の中の風景を見ているんですよ」と言っていたのが印象的だった。







『しゃばけ』の第1話を観た。
がんばっているなぁ、演出家の宮本理江子さん。
この宮本さんは、かつて「101回目のプロポーズ」で、武田鉄矢が「僕は死にましぇん!」などと空恐ろしいセリフを迫り来るトラックの直前で絶叫するというシーンを作り上げた人だ。

山田太一さんの娘だし、やっぱり才能あるのかなぁ。

いたるところに配慮がきいている江戸の街並みの風情がいい。
大道具もCGも衣装も、それぞれのスタッフの実力が引き出されている感じがする。
キャストも贅沢な役者を配置の仕方をしているし、やっぱりプロデューサーの実力を感じる。
一太郎            :手越祐也
仁吉             :谷原章介
佐助             :高杉亘
屏風のぞき(屏風絵の付喪神) :宮迫博之
鈴彦姫(鈴の付喪神)     :早乙女太一
獺(美童姿のカワウソの妖)  :山田花子
松之助(一太郎の腹違いの兄) :岡田義徳
日限りの親分         :志垣太郎
おたえ(一太郎の母親)    :真矢みき
藤兵衛(一太郎の父親)    :岸部一徳
おぎん、祖母で実は3千年の妖  :十朱幸代
栄吉             :高木雄也

江戸の長崎屋の跡取り息子で若だんなで、17歳の一太郎は、生まれながらの虚弱体質。
妖の佐助と仁吉の過保護とも思えるような接し方に閉口しつつ、たくさんのあやしげな事件を解決していく。
『しゃばけ』
『まんまこと』
『つくもがみ貸します』
などなど原作者の畠中恵さんのワールドですね。
現在48才の畠中さん、よくぞこの「妖(あやし)」の世界を作ったよなぁ。
夢枕貘さんは、安倍晴明と源博雅の名コンビなどに代表されるような『陰陽師』的な世界の中で、『呪』というものを形を変えストーリーを変えながら表現した。命のある『闇』とでも言うような世界を今までになく表現してくれた。人の恨みや哀しみが凝り固まって『鬼』になる、そんな人の心のコンプレックスがある種、ドラマのベースになっていた。それは、けっこうおどおどろしくも肉感的な世界だった。

ところが、畠中さんは、江戸時代にターゲットを置いて、たとえば「しゃばけ」的な言葉一発で、かろやかに世界観を表現した。
これがすごい。

しゃばけ(娑婆気):俗世間における、名誉や利得などの様々な欲望にとらわれる心

「まんまこと」にしてもそうだが、夢枕貘さんの描いた闇よりも軽いタッチで、しかも温かく描いているのが特徴だ。
ほとんど現代の匂いがする江戸時代、
違うのはずっと命の匂いが強いということ。
木々の色も、隅田川も、江戸の街並みもなんだか懐かしくて美しい。
その風景が「三丁目の夕日」と同じく、素敵だった日本を表現してくれている。
ドラマの展開とは別にその風景をのんびりと眺めていたいというような気分になってしまう。
ブラウン管という窓からのぞく、郷愁…、そんな感じである。




「ダイハード4」も、DVDになってすぐ観られるようになった。
ひさびさに、ブルース・ウィリスのおっさんに会うことができた。
世界でもっとも運の悪い男、いやはや懐かしい。
1988年の第1作から19年。
第3作からだって12年の歳月が流れている。
ずいぶんと年をとったもんだ。
ロッキーシリーズだって、「ロッキー ファイナル」の年をとりすぎたスタローンの肉体はちときつかった。

そして、ブルース・ウィリスも完全な坊主頭になってしまった。
完璧なオヤジなのだ。
もう若くはない。
高齢化社会の日本だからといって、シニアのヒーローがそんなに頑張って活躍しなくてもいいような気もする。

でも懐かしいなぁ、あの頃。

最初は…、
高層ビルの中で、どうしてこんなことになっちまったと文句をぶつぶつ嘆き、ガラスの破片を裸足で踏みしめながら、ひとりぼっちで戦い抜いていたマクレーン。

そして、お次は、
雪の大空港でのテロ、敵の乗るジャンボジェットの給油口を開き、流れ出る燃料に火をつけて、爆破…、疲労困憊で滑走路に倒れつつもへらへら笑っていたマクレーン。

さらに第3作目は
マンハッタンの街を、黒人の相棒とともに犯人の仕掛けた謎(ガロンのパズル)を解きながら、引きづり回されていたマクレーン。

今回は…。
全米を襲うサイバーテロ。
全米の都市機能の壊滅。
サイバーテロ組織が動き出し、システムがテロによって攻撃されようとしていた。
刑事ジョン・マクレーンは、大学生の娘ルーシーに会うために、ニュージャージー州にやってきた。彼氏とキスをしている場面にあって、当然のごとく口論に。(だめだめオヤジのよくあるパターン)
娘に冷たくあしらわれるマクレーン。

そこに警察からの無線で連絡が入る。
ハッカーのファレルをワシントンD.C.のFBI本部まで連行するように指示が出された。

アクションシーンは、さらに激しく、
パトカーをヘリにぶつけて墜落させたり、ジェット戦闘機と素手で戦ったりしている。
そんな豪快なシーンもいいのだが、若造のハッカーとアナログなオヤジの会話がいい。
ダイハードの良さは、派手なアクションの陰にある人間くさいちっぽけな感情を結構大事にしているところにあると思う。
さらに、この映画は、オヤジの復権の物語でもあるような感じがする。

アナログVSデジタルの構図は、
世代と世代の対話みたいなもんだ。

血みどろになりながら、不撓不屈に前に進む中年男…、
おっさんだって、かっこいいじゃないか。

また、テロリストのマイ役のマギー・Qも存在感があっていいのだが、物語の中盤で死んでしまう。残念。そういえば、『ミッション:インポッシブル3』でもいい芝居していたと思う。

それにしても、

ダイハードシリーズは、舞台もでかいし、予算も破格だ。
日本の「SP(エスピー)」にも予算があればなぁ
ただいま、「SP」では、テロリストが病院を占拠中。
医者に扮して井上薫(岡田准一)は、捕虜となっているのだが、明日の「SP」ではきっと、ダイハードばりに反撃を開始することだろう。
ダイハードがなければ、「SP」の設定も生まれなかったはず。
ダイハードがこの19年間に影響を与えた感覚というべきものがあるのだろう。
ただ、本家ダイハードに勝てる部分はリアルさですね。
ダイハード4なんかは、やっぱりね、やり過ぎなんですよ。
この辺のバランスが難しい。
異常な荒唐無稽さを楽しむのもいいけど、第1作のダイハードのもっていた地味なリアルさはどんどんなくなってしまっているので、観客としては共感できない。
日本の「SP」は、予算その他の関連でやむを得ず地味だけど、とりあえずリアルさはOKということで、明日を楽しみにしようか。
視聴率もけっこう良いようだしね。
ついでにV6の、「way of life」も好調だ。



今朝、外は一面雪で真っ白。
冬ですね。
よい連休を。



今回も、効果音とは全然関係ないが、日本のSFってどうなったのだろう?
テレビに映る「地球の出」
いやはや、月面から出た地球の姿がハイビジョンで映しだされる時代となりました。
おとつい「探査機 "かぐや"月の謎に迫る」なんてのをNHKでやておりました。凄い時代になったもんだ。
昔、宇宙に出たこともあるジャーナリストの秋山豊寛さんに会った時、
「地球の青さは、海の青さではなく大気の青さなんですよ」などと教えてくれたのをその映像を見ながら思い出す。
月面から上る、「地球の出」の映像が簡単に茶の間に届く時代。
ついでに、若い世代は別にそんなに大したことでもないような感じで、右から左へ受け流しているムーディーっぽい印象でいるのだろう。

やっぱりSFを越えてしまっているのかなぁ、時代は。
あっ、「SF」という言葉も知らない世代も多いかもしれない。
空想科学小説なんて、きっと死語になったのだと思う。
寂しいなぁ。
小松左京、星新一、筒井康隆、平井和正…、
かつて、さまざまなSF作家たちが活躍していた時代があった。
未来を予想し、
視点を変えると社会の現象はこう見えるとか、
時間と空間と人間、宇宙…の根底にあることとか、
タイムパラドックス
超新星、
UFO、
科学がもたらすもの、
進化などなど
SF小説が一つの実験室だった。
それなりに、当時の子供たちに「夢」を、少なくとも考える材料を与えてくれていた。
特に、小松左京は、学ぶことの凄みを伝えていたように思う。
小松左京は、科学をあらためて学習しようとした時に、小学校の教科書から科学にまつわる中高大学のテキストすべて手元において学習し、最先端の知識も手にいれて作品を書いたという。
だから地球物理学者の竹内均氏とのやりともあって『日本沈没』も生まれた。
でっぷりと太っていて、肉付きもよく、巨大な知識のデータバンクのような人だった。
小松さんの書斎の机の中には、人工衛星から撮影した地球の写真が常に置かれていた。
SFアニメの創世記において、さまざまな脚本をつくり陰で支えていた作家たち。
生き生きとしていたSFというジャンルを確立した作家たち…、
それが今どうなったのか?

テレビゲーム、
映画、
CG、
マンガ、アニメ、
インターネット…

あまたのジャンルにSF的な才能が流れ込み、なんとなく拡散してしまっている。




『ウルフガイ』などの犬神明シリーズものの平井和正にいたっては、新しい作品自体については、インターネットの中でしか注文できなくなっている。
時代の流れというか…なんというか…。
30年ほど前、これらのSF作家たちが集まってはやっていたバカ話(荒唐無稽でしょうもないが、かなりの面白い発想がつめこまれている会話)などが紹介されていて、うらやましくてしょうがなかった。
そこにある自由な空気というか、
本当にあらゆるものを実験しているラボラトリーみたいだったなぁ。

また、自分自身の生育過程に大きな刺激を与えてくれた作品もあった。
過去のSF的な作品で、個人的に懐かしいのが『賢者の石』
これである。
SF作家ではないが、あの『アウトサイダー』の著者であるコリン・ウィルソンの小説だ。

大まかなあらすじは----------------------------------------------
前置きがやたらと長い小説で(個人的にはその叙述が好きだが)、
内容はというと、死について考える若き科学者(主人公)が、脳に特殊な金属片を大脳に取り込んで電流を流した結果、意識の拡大が起きることがわかる。
貴族の科学者である保護者的な先輩と学問や科学についての会話が前半のほとんどを占め、その後「意識の拡大」を手に入れてから、やっと過去を透視するなどのSFっぽい話題になっていく。
その若き科学者が、大脳の秘密を解明し、「意識を拡大する力」によって、マヤ文明の正体、その先祖のムー大陸文明の興亡などの人類の進化にもかかわるようになる。やがて、人間の創造主でもあり、また逆に敵でもある「古きものども」との対決の時が近づいてくる…。
---------------------------------------------------------------

「すべての科学は、まさしく人間が自分の鼻づらを蓄音機のレコードから引き離し、ものごとを遠くから眺め、永遠に続く現在の制圧から逃れようとする試みにほかならない…」
といういうようなやや小難しい会話も随所にでてくるんだなぁ、これが。

ジャンルに囚われないで、自由に学問を追究している主人公たちに憧れていたものだった。
だから、中学生の時にこれを何度も読み返しては、自分の平凡な生活と比較していた。
「意識の拡大」かぁ、
現実の中でへばりつきながら生きている意識をぐーっと上昇させて、
鳥瞰する。実際、「俯瞰」とか「鳥瞰」という言葉をこの小説を読んで初めて気にするようになったのではと思う。

コリン・ウィルソンは1931年、イギリス生まれ。
日本でも数多くの著作が翻訳され、『殺人百科』、『オカルト』
『至高体験』、『右脳の冒険』など、
またSF的な作品では『精神寄生体』、『スペース・バンパイア』
など、クトゥルフ神話の影響を受けたものも多い。




テレビや映画であまたの作品が流されているが、かつてのSF作家たちの後継者たちもそれぞれの独自のジャンルでがんばってほしいものだ。
あまりにも難しい時代ではあるけれども…。












今朝(2007年11月15日)、めざましテレビで「象の背中 旅立つ日」をとりあげていた。
「JULEPS」が、象さんのアニメをバックにして、優しく歌うあの曲である。
東京新橋駅前の巨大モニターに映し出されるアニメ版「象の背中」
その映像と曲を、路上で見守るサラリーマンのお父さんたち…。

-------------------------------------------------------------
ある朝、目覚めたら 神が待っていた
命に終わりが来ると
そっと知らされた

どうして僕だけが、
旅立つのか?
運命のさざ波に
声は届かない

一番近くの
大事な人よ
幸せだったか、
それが気がかり

もしも、僕がいなくなったら
最初の夜だけ
泣いてくれ
君と僕が過ごした時を
思い出しながら
見送って

君と会えて
幸せだった
朝の空見上げ
微笑んで

ぼくはきっと
日差しになって
見守るよ、君のこと
見守るよ、君のこと
---------------------------------------------------------------
出勤間際に、これを聴かせるというのは反則だよなぁ、
ホントにもうフジテレビさん。
大して強くないんだから、一般庶民は。
結局、一日中、この曲と「象の背中」を考えるはめになってしまった。

原作の秋元康さんももう51才。
娘もいて、自分の子供に残すメッセージとしての作品を生み出すようになってきたという。
作詞家としては美空ひばりの「川の流れのように」があるけれど、再び「死ぬこことと生きること」にテーマを求めた。

映画の『象の背中』も原作どおり。
--------------------------------------------------------------
48歳の中堅不動産会社部長である藤山幸弘(役所広司)が、ある日突然に医者から肺がんで、長くて6ヶ月と言われてしまう。

それから、彼が選んだ生き方は、
「今まで出会った大切な人たちに会って、別れを言うこと」
人生を振り返り
自分が生きた時間を考える。

「死ぬまで生きていたいんだ」

妻である美和子(今井美樹)と、夫婦としての23年間。
娘や息子への思い。

「死ぬことを考えていたら、いつの間にか、どう生きるかを考えていた」
---------------------------------------------------------------
主人公、幸弘の選択は、一般中年男の「ある種の憧れ」か…。

昔、仲間と「心臓弁膜症で死をむかえる少女と懸命にその命を支えようとした看護婦の物語」というような脚本を作ったことがあった。
それを発表したところ、当然、客席は泣いてくれたし、感動してくれたようだった。
制作スタッフである我々も、その出来に自信満々だった。
ところが、これを観てくださった有名な某演出家の方が
「人の死で、客席を泣かせてはいけない。人が死ぬのなんて、どんな場合だって哀しいのだから」と批評をしてくれた。

あの頃、とにかく観ているお客さんを泣かせたくてしょうがなかった。
そんな、底の浅さを見透かされていたのだと思う。
でも、その頃はさすがに悔しかった。
おかげで、
それ以来ずっと劇中で人が死ぬような内容の脚本は作ってはいない。
生きている人たちの中にあるちっぽけな感動。
今現在も、その部分を仲間と描こうとしてもがいてきている。
それもけっこうな歳月…。
ずいぶん時間だけは流れたなぁ。

さてさて、
「死や生」を描くドラマや映画、そして音楽がたくさんあってけっこうだと思う。
作る側の誠意がそこにあれば、きっといいものになるというか、
作り手たちのそれぞれの「生きることに対しての回答」みたいなものが表現されるので大事なのではないかと思っている。

もちろん、観客としては「象の背中」のアニメだけで、
簡単に泣かされてしまう。
ほんとにちょろいもんである。
今朝は、通勤中、車を運転しながら思い出しては
うるうるしていたので危険でしょうがなかった。
あやうく自分が「旅立つ日」になりそうだった。

ちなみに、今日、初雪が降りました。
ひさびさに見る雪は、
寒いけれどもそれなりにいいもんです。
時間が確実に流れていることを
雪がしっかり教えてくれました。


映画『象の背中』の音効は、おなじみ千住明さんが担当。
実に、相変わらず美しいラインアップとなっている。
サントラとしても相当いいできではないかと思う。




■収録曲一覧
1. 愛に癒されて
2. 覚めぬ悪夢
3. もう一つの愛(ver.I)
4. 別れの準備
5. 愛に癒されて(Title)
6. 覚めぬ悪夢(ver.I)
7. 赤い傘と初恋の人
8. 無言の友情
9. 覚めぬ悪夢(ver.II)
10. 別れの準備(ver.I)
11. もう一つの愛(ver.II)
12. 象の背中
13. 最期の手紙
14. 覚めぬ悪夢(ver.III)
15. 愛に癒されて(ver.I)
16. もう一つの愛
17. 愛に癒されて(ver.II)
18. 悦子と美和子
19. 父と兄と遺言
20. 最期の手紙(ver.I)
21. 愛に癒されて(ver.III)






『千里眼シリーズ』が、ずいぶんと続いている。
つい最近も、角川文庫から『千里眼 美由紀の正体』(上下)が出版された。
このシリーズだけでも合わせて400万部ほどの出版されているという。凄いことだ。
作家、松岡圭祐かぁ。
かつては、テレビタレントみたいなこともしていた。
催眠術師としての活動も、深夜のバラエティー番組や催眠術師マーチンの助手などでもテレビの画面でちらほら見かけたこともあった。
深夜番組では、女子大生に催眠術をかけて、変なことをしていたのが印象的だった。
催眠術バラエティーショーほどしょうもないものはないが、それを臆面もなくやっていた。すらりとしたクセのある二枚目、それが彼であった。

それが、1997年に、小説『催眠』を発表。
それなりの筆力があり、題材の新鮮さも加えて、サービス精神が旺盛、ある意味それが作品のすべてを支えているとも言える。
『カウンセラー』なども含めて、しだいに売れ始めて行く。
さらに、1999年に、小説『千里眼』を発表し、ベストセラーに入ってしまう。これもあれよあれよという間だった。

催眠
心理学
カウンセリング
これらの題材がよかったんだと思う。
個人的には、この題材の切り口に惹かれた部分もある。

ついでに、
元航空自衛官で臨床心理士の岬美由紀という主人公の設定が成功している。
事件が起こると、自衛隊の戦闘機を勝手に拝借して乗り回すというありえないヒロインではあるが、この岬美由紀の描き方についての品の良さがいいのだと思う。
いやらしくも、下品にも陥らない一線を守って描いているのは評価できるのではないだろうか。

ついでに、時事問題の入れ方が露骨に早い。
同時多発テロ・イラク戦争
不登校
耐震偽装
世界史未履修問題ですら、時事問題を作品にからめてエンターテイメントに仕上げてきた。
水野美紀や稲垣吾郎の主演による映画も作られた。
千里眼シリーズだけでも、以下のようにこれだけの作品群がある。

千里眼  
千里眼 ミドリの猿 
千里眼 運命の暗示     
千里眼 洗脳試験      
千里眼 メフィストの逆襲  
千里眼 岬 美由紀    
千里眼 マジシャンの少女 
千里眼 千里眼の死角   
ヘーメラーの千里眼     
千里眼 トランス オブ ウォー
千里眼とニュアージュ    
千里眼 背徳のシンデレラ   
千里眼 The Start      
千里眼 ファントム クォーター
千里眼の水晶体       
千里眼 ミッドタウンタワーの迷宮
千里眼の教室         
千里眼 堕天使のメモリー  
千里眼 美由紀の正体上   
千里眼 美由紀の正体下   

この松岡さんという人は、なんとも妖しい人である。
単なる作家にしては、作品とタレントのからませかたも上手い。
水野美紀、釈由美子、深田恭子など、自分なりにプロデュースしてしまっている。
それにしても、
最近の傾向を見ると、なんぼなんでも多作すぎるのではないか。
伏線の配置も唐突であったり、それはないだろうという違和感のある設定もむちゃくちゃにして、無理矢理に作品にまとめてしまっている感じがする。

さて、
この人は、いったいどこに向かっているんだろうか?
経済的には、満足できるところにきているのに(作家の長者番付7位だったと思う)、まだ金儲けをしたいというようなギラギラした印象をうける時もある。

これは勝手な推測だが、
この松岡さんは、1日の中で自己催眠をかけて、能力やイメージの拡充をしているような作業の痕跡というか、その気配を感じる。
最初はそれほどでもなかった「書く力」が、内容はともかく格段に上昇してきている。
特に、この10年間の上昇率は大したものだと思う。
プロットなどのアイデアの集め方や広げ方が、通常の作家の手法とまったく違うような気がする。

ともあれ、
作品そのものよりも、作家本人の今後の行方が妙に気になる人である。
とにかく妖しい。
ひたすら妖しい。

作家であると自己暗示をかけているはずの松岡圭祐…。

ちなみに千里眼の傍系シリーズの『蒼い瞳とニュアージュ』も深田恭子主演で、WOWOWオンライン11月25日午後10:00よりスタートだそうです。












またもや、効果音とはまったく関係ないのだが、
『世界一やさしい問題解決の授業』が売れているらしい。

「世界的な経営コンサルティング会社で受けさせられる問題解決能力のトレーニングを、中学生向けにカンタンにブレイクダウン。
世の中を生き抜くホンモノの思考力が身につきます!」
などという売り言葉につられて、結局買って読んでしまった。

著者の渡辺健介さんは、現在、デルタスタジオ 代表取締役社長であるという。
その経歴がかっこいい。
1999年イェール大学卒業(経済専攻)、同年マッキンゼー・アンド・カンパニー東京オフィスに入社。その後、マッキンゼー・アンド・カンパニー ニューヨークオフィスへ移籍。退社後、デルタスタジオを設立。
大前研一さんの流れをくんでいるのだろうか。コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーというのは、大前研一さんの在籍していた会社でもあるそうな。

大きな問題でも難しい問題でも、小さく分けて考えれば、必ずとっかかりが見えてくるという。
経営コンサルティング会社で教えられている「問題解決」の考え方を、平易な言葉とイラストで、たしかにわかりやすく解説してくれてはいる……。でもね、とりあえずあたりまえのことを書いているような気もするのだ。

分解の木
課題分析
「評価軸×評価」リスト

などなど、それぞれの章が終わるたびに添えられている事項は役に立つような感じもする。
個人的な進路決定や問題分析には、ちょいとオーバーだが、ある組織や集団の意志決定に、このたぐいの材料や論法をきちんとふまえて提出すると、結構有益なのではないだろうか。
大前さんが雑誌『プレジデント』などでコメントしているような日々の仕事は、一般人にはでかすぎる。
「仮説と分析」といっても、それなりに仮説や分析をするにたる問題を手にいれないと、ちょっとやる気がしないかもしれない。

本書にある3つの授業
■1限目 問題解決能力を身につけよう
 自分で考え、行動する
 こんな人たちを知りませんか?
 問題解決キッズはすごいスピードで進化する ほか
■2限目 問題の原因を見極め、打ち手を考える
 お医者さんのように診断し、治し方を考える
 中学生バンド「キノコLovers」を救え!
 原因としてありえるものを洗い出す ほか
■3限目 目標を設定し、達成する方法を決める
 ひとつの大きな夢を、いくつかの小さな目標に置き換える
 パソコンを手に入れるには?
 目標を設定する ほか
 
本書の中に「打ち手を具体的な行動に落とし込む力」というフレーズがあった。
打ち手…。
たいした「打ち手」もなく、けっこう長めに生きてきた。
人生を経営コンサルティング的に考えたことがなかったので、謙虚な気持ちで、初心に帰ることからはじめようか。
でも、直面する問題がなぁ、ちっちゃいからなぁ。
いやはや…。
でも、妙な形の刺激にはなった一冊でした。





三木聡監督の脳の中には、驚くべき小ネタの集積が大量にあるのだろうか?
『帰ってきた時効警察』は、ストーリーとは別に無駄ともいえるお笑いの小ネタ(個人的にすごく好きなんですが)で満載のドラマだった。
霧山(オダギリジョー)が関心を持った時効事件の真相を解き明かすドラマ。コメディーとしてのスタイルをとっている刑事物だ。
ドラマの中には、やたらと「お笑い」の小ネタをちりばめている。
脱力系とでもいうのだろうか。
画面から醸し出される何ともしれぬ雰囲気を維持しているのが凄い。
『TRICK』のスタッフが混じっているのかもしれないが、小道具一つにしてもお笑いの配慮がきいている。
オダギリジョーと麻生さんとの妙な会話も
また、署内の時効係でのやりとりも、へんちくりんで可笑しい。
役者とスタッフの変な一体感をむちゃくちゃに感じるドラマでもある。

その三木監督とオダギリジョーがタッグを組んでつくる『転々』がやってくる。

サラ金の借金を抱えた大学8年生、文哉(オダギリジョー)のアパートに、いわくありげな取立て屋の福原(三浦友和)がやって来る。
借金を返すあてのない文哉に、返済方法として福原が提案したことは、東京の街を歩くこと。
「百万やるから、俺と東京の街を散歩しろ」
ふしょうぶしょう井の頭公園からぶらぶらぼちぼちと霞ヶ関へ。
見知らぬ二人の東京散歩旅がはじまった。
そして、東京を転々と歩く二人が出会う、キズのある人たち。
取り立て屋の福原は、妻を殺したらしい?ホント?
擬似家族ごっこ、文哉の気持ちがしだいに変化していく。
母を憎んでいる青年と、妻を殺したのかもしれない借金取りの中年男の
小さな旅、東京散歩…。

直木賞作家である藤田宜永の『転々』の映画化。
これがどんなものとしてスクリーンに映ってくるのかはわからないが、
きっとユルイ小ネタが満載しているのではないかと思う。
ともあれ、制作スタッフとしては、この脱力系とかユルイと言われるのは心外らしい。きっと、やってる側としては、かなりの緊張感でその場空気を壊さない演技や演出をしているのではないかと思う。
遊び心を随所に含んだものには、作り手の贅沢ともいえる心のゆとりみたいなものも必要だ。
ぜひ、そんな苦労というかお遊びの成果を観たいものだ。



.
■『帰ってきた時効警察』の収録曲一覧
1.帰ってきた時効警察のテーマ
2. 真加出のテーマ
3. プクーちゃんのオープニング
4. プクーちゃんのテーマ
5. プクーちゃんのBGM
6. ドリアングレイ
7. 帰ってきた婚姻届
8. 帰ってきたポツネン
9. La Ronde(シティボーイズ・ライブ1993『愚者の代弁者、西へ』より)
10. 刑事エレクトリック・ソウルマンのテーマ (シティボーイズ・ライブ1998『真空報告官ピー(P)』より)
11. 天狗のブルース
(シティボーイズ・ライブ1999『夏への無意識』より)
12. No.15 最終章
13. ふたり(ストリングス・バージョン)
14. 霧山修一朗のテーマ(パンダ号バージョン)
15. 帰ってきたふたり
16. 帰ってきた時効警察エンディング・テーマ
17. ダメジン・テーマ
18. さらばシベリア鉄道
19. シューレース
20. あずきパンダちゃん
21. 亀は意外と速く泳ぐ
22. 亀太郎
23. 公安のテーマ
24. ザ・スパイ
25. スズメの電線
26. お父さんのテーマ
27. 伊良部のテーマ
28. 涼美のテーマ
29. かくれんぼ
30. 完全治癒
31. いい感じで電気が消える家
32. シンイチ&サエ
33. お湯は意外とすぐに沸く
34. 警察
35. 団地
36. Your American Songs / Louis Philippe
37. 「しゃくなげの花」作詞/作曲:犬山イヌコ 歌:三日月しずか
38. 「月見そばのうた」作詞/作曲:犬山イヌコ 歌:三日月しずか
39. 「たべもの」作詞:犬山イヌコ 作曲:犬山イヌコとKERA
歌:三日月しずか
※三日月しずかの歌は、あまりにも可笑しい。聴いてみてください。






またまた、『医龍2』を観てしまった。
あらてめて、この脚本家の林宏司さんと制作スタッフのプロ意識を感じることのできた回だった。
未知の領域に来ているはずなのに、粘り強く作品を完成させようとしている凄みやその効果音もここにきて再びフィットしはじめてきている。
大したもんだ。

今回のあらすじは、

政治家、恩田哲三(竜雷太)の娘、美羽は明真を抜け出し北洋病院の前で倒れてしまった。
緊急オペとなるのだが…。
美羽の血液は、特殊で希少なものだった。
伊集院登(小池徹平)は、血液を確保するために奔走。
朝田は外山誠二(高橋一生)を助手に美羽のオペ開始する。
血液の循環を止めての無血手術となった。
だが、その手術時間は、40分が限界。
しかも、美羽の患部が術前検査よりも拡大していたことにより事態は、さらに悪化。
野口賢雄(岸部一徳)と片岡一美(内田有紀)は、明真を心臓移植実施施設にするための画策を続ける
許認可のためには、政治家恩田の力が必要だった。
血液を求め、木原もなぜか加わって、必死にさがす伊集院。
そんな中、意外にも、麻酔医の小高七海(大塚寧々)に手術の協力を懇願する片岡。
政治家の娘だからとはいうものの、一瞬、片岡の素の部分がかいま見られる。
やがて、小高は、手術室に入り、若い麻酔医に的確な指示をしはじめる。
伊集院の必死の努力で、血液が届くも、すでに手術は終了。
無血手術の成功だった。
明真のオフィスで、
「君はあの娘を助けたいと思ったのか」と
片岡に問いかける野口だった…。

というような内容だった。



2000年、『涙をふいて』でデビューした林宏司さん。
『救命病棟24時』『ビッグマネー』『離婚弁護士』などを手がけて、現在の『医龍』へ。
それにしても、専門的な分野を調べ抜いて、ドラマにしていく手腕はただものではない。
他の脚本家と違って、セリフのやりとりに旨味があってつい観てしまうというような手口は使わないようだ。
その証拠に主人公の朝田は、ほとんどセリフがない。
よっぽど脇役たちの方が喋りまくっている。
ようするに、林さんという人は、無骨なまでにその分野で問題点とそこから派生して起きそうなドラマを生みだし、構成する手法が得意なのだ。
これは作り手の体力と根気が膨大になければなしえない。
したがって、とんでもないほどの調査が背景として行われてきたのではないかと思う。前回シリーズ「医龍1」では、もとからマンガの方で「バチスタ手術」という路線が引かれていた。
だが、この『医龍2』では、毎回必要とされる障害=手術(病状)が要求される。すでに、3つの手術をこの新しいシリーズで行った。
さらに、今後の展開で新たな障害が当然必要になってくる。

苦しいのではないかと思う。
でも、その苦しみが確実に実りにつながっているような雰囲気なのが、ちょっとうらやましい。
そのせいか、効果音やカメラわりにも、再び冴えが戻りつつある。
『医龍2』のサントラもでたそうだ。
聴いてはいないが、前回のサントラと基本ベースは同じだと思われる。
きっと、買うか借りるかしてしまうのではないかと思う。

内田さん扮する片岡一美の履歴をどう処理するのかと、
大塚寧々扮する麻酔医の小高七海の履歴を使って、どうドラマを作るのかが気になるところだ。




■収録曲
1. DRAGON RISES
2. Blue Dragon 2007
3. Engel und Teufel
4. Feind oder Freund
5. Intrigant
6. entlassen
7. In The Box
8. thick tone
9. spirit
10. Red Dragon 2007
11. Aesthetic
12. Battle with silence
13. OUT BALANCE
14. Eugel und Teufel
15. psychological warfere
16. BLACk SMILe
17. SPIKE
18. Northern Sea
19. Intrigant
20. radiance
21. Blue Dragon
22. ONE

寒いですね。
カナダ系中国人の知り合いが、日本の方がカナダより寒いと言ってました。そんなぁ~。





「有閑倶楽部」かぁ、いやはや懐かしい。
今、日本テレビ系で、連続ドラマになっているとは。
一条ゆかりさんのこの少女マンガは、
知っての通り、そのスタートは実に昔のことだ。
1981年の「りぼん」で連載を開始だから、もう26年も前のことだ。
現在、この「有閑倶楽部」を楽しみにして「キャーキャー」言いながら観ている女の子なんかは、当然まだ生まれてもいないわけだ。
作者の一条ゆかりさんにしてもその頃は、30代のバリバリいけいけの状態だったであろうし、それ以上に当時の日本そのものがバブルっていた。
社会全体が剣菱家のような成金になったみたいな錯覚に陥っていた時代でもあったから、この「有閑倶楽部」のそれはもう荒唐無稽な設定(「聖プレジデント学園」という架空の学校に通う6人(男女各3人)の生徒が、「有閑倶楽部」という通称で呼ばれて金と暇に飽かしつつ、大小様々な事件を発揮してこれを解決していく)にも、それなりのリアリティ?があった。

その6人のキャストは今回…、
松竹梅魅録    - 赤西仁
菊正宗清四郎   - 横山裕
美童グランマニエ - 田口淳之介
白鹿野梨子    - 香椎由宇
黄桜可憐     - 鈴木えみ
剣菱悠理     - 美波
という配役になっている。
名前を見ているだけで、二日酔いになりそうだ。

まっ、それはともかく,
その人物設定をグループ分けすると…、

・松竹梅魅録   と 剣菱悠理 →ワイルド、体力、食欲、情熱、霊
・菊正宗清四郎  と 黄桜可憐 →気品、胆力、知性、品格、聖
・美童グランマニエと 白鹿野梨子→性的な魅力、世俗、愛情、美
というような3つのグループになるのは明白。
男と女のデフォルメされた3パターンの理想型がそこにある。
(そんなふうになれるわけないのに、すぐ読者は騙される)

それぞれの事件にメインのキャラクターとして動き、他のメンバーはその与えられた属性を生かして、仲間を助け、事件を解決することとなる。
いやー、いかにも少女マンガっぽい。
ただ、約20年前のこのマンガの世界に憧れていた少女たちよりも、今の女の子たちの方が、その属性が気分的にほぼ彼らの「等身大」のように感じられるのではないだろうか。
今の、携帯電話がないと生きてはいられないティーンエイジは、まさにそこそこ金のある「有閑」な状態にある生き物なのだから。

特に、今回のドラマの主演は、剣菱悠理ではなく松竹梅魅録。
前述通り、同じ属性なので、ストーリー展開には支障がない。
さらに、KAT-TUNの赤西仁君が松竹梅魅録なので、その意図は見え見えではある。
しかも、赤西君は意外と演技も上手で、それなりの魅力があるようだ。

キャッチコピーは、
「本日も華麗に遊べば事件解決 人呼んで 有閑倶楽部」。
というわけで、
ティーンエイジぐらいには、きっと受ける作品になっている。

ただ、このマンガがスタートしたころから読み続けている人間としては、気になることがある。
ちょうど今、「小沢代表の辞意撤回」などというアホらしいニュースも流れているが、なんとも少女マンガ的なというか、くだらないほどに子供っぽい匂いのする政治状況が、
この「有閑倶楽部」で描かれている世界がなんだか似ているような気がする。
ほとんど忘れかけられている安倍総理の退陣のドタバタや食品業界の偽装事件などなど、金への欲と安易な精神状態で判断された甘い見通しの出来事の数々が、なんともはや少女マンガふうなのである。
一条さんのせいではないし、「有閑倶楽部」には何の罪もないが…、

だいじょうぶかニッポン?

「有閑倶楽部」については、マンガもドラマもフィクションで楽しく観ればいいのだが、現実世界はそうもいかない。
「菊正宗清四郎や黄桜可憐」のような気品があって頼りがいのある若者が登場して、しゃっきと世の中を正してくれればいいけれど…。
そんなことは、起きるわけもなし。
期待なんかしてはいけない。
『国家の品格』が流行すると、
めちゃくちゃに「~の品格」と称するタイトル本が出現し、
今も『女性の品格』がベストセラーになっているぐらいに、
品格が品不足の国、日本。
今の日本は、食品の偽装だけでなく、
人間そのものが「偽装」されている国に成り下がってしまっているんだよなぁ。
でも、次の若い世代になると、きっと品格が足りないなんてなことは、まだ良かったと言われるようになるんじゃないだろうか。
心のいろんな部分が品不足になりそうな気がする。
それもまた『有閑倶楽部』のせいではもちろんない。
ただ、変に甘ったるい雰囲気が似ている。それだけだ。

だいじょうぶか?ニッポン!

いやはや、いやはや。
そうはいっても、偉そうなこともいえない自分でもある。

長いキャリアの中で多数の作品を世に送り出してきた一条ゆかりさん。
彼女ももう58才。
丁寧な作画で、しかも女性同士の愛憎や暗闘を繰り広げる女性像をかっちりと描いてきた。
下手な小説家より、よっぽど時代や人間を観る眼がある。

今、どんな気分でこの今の社会を見つめているのかなぁ。
なんか考えているに違いない。
そして、今頃になって、20年も前の作品が若者たちにもてはやされている気分は…。





また、『ガリレオ』を観てしまった。
最近とにかく気になる番組の一つなのでしょうがないのだが、若干仕事にならない。困ったもんだ。
今回は、「壊死(くさ)る」
文庫「探偵ガリレオ」の第3章にある作品をもとにしている。
回をおうごとに、脚本家の福田さんの冴えが光っているわけで、原作の内容よりも良くなっているのだ。
原作の中にあったいくつかのプロットを拝借してはいるが、ほとんどオリジナルと言ってもよいストーリー展開になっている。
香取君扮する田上の設定も殺人の動機も、湯川との対峙の仕方も、ずっといい。
悟空をやっている香取君より変質的な犯罪者の方が実にのびのび演技をしているように見えるのが不思議だ。アイドル的なポジションっていうのは、スマップのメンバーでも窮屈なものなのだろうか。
とりあえず、
下の①から⑳までのように、ためしに大バコの状態にしてみた。
やってみると、一目瞭然に、原作と比較してもぐっと魅力的な構成になっているのがよく分かる。
福田さんの圧勝である。
さすが福田靖というべきか。
よくぞまぁ、あの原作の地味な設定をここまで華麗に仕上げてしまうとは…。
それにしても、
なんであんなに原作には魅力がないのだろうか。
きっと、ガリレオこと湯川学のモデルが、東野さんの頭脳の中では俳優の佐野史郎だったことも関係しているのかもしれない。ほんとに、ただの変人の科学者だったのが、妙にかっこいい福山君になって、全然違う物語になってしまった。

ついでに、原作者の東野圭吾さんはどんな気分で、テレビ番組の『ガリレオ』を観ているのだろうか?
同じ物書きとしては、きっと悔しいに違いない。

そんなことを考えながら、原作の文庫本片手に『ガリレオ』を観るのもおつなもんです。


■『壊死る』の大まかなあらすじ(大バコ)

①ある豪邸の室内プールで若い女性の水死体が発見される。
②検死の結果、死因は心臓麻痺。
③何故か胸の皮膚の一部だけが壊死していた。
④湯川(福山雅治)のもとを訪れた薫(柴咲コウ)は、何故皮膚が壊死したのか、と彼にその原因を尋ねた。
⑤物理学会での講演を終えた湯川は、ひとりの学生に呼び止められる。その学生、田上昇一(香取慎吾)は、その大学の院生だった。
⑥水死した女性・篠崎怜子(蒼井そら)は、この大学の学生だった。
⑦湯川にかまってもらえない薫は、“皮膚疾患の先端技術”の研究室を訪ねると、そこに田上がいた。
⑧田上と薫は、事件についての話をし、シリコンウエハーに超音波で細工したブローチを薫は田上からもらう。
⑨田上が湯川を訪ね、殺人兵器の開発と闇の企業への野心を匂わす。
⑩ストレスのたまった薫が、湯川にアドバイスをもらおうとするが結局とりあってもらえない。
⑪草薙刑事とバーで会話をする湯川。
研究室で学生たちに、各国のネットで、暗殺などが話題のサイトを調べさせる湯川。
⑫田上と事件の調査の進行状況を語り、田上から高級ホテルのレディースチケット(宿泊券)をもらう薫。
⑬田上と湯川の携帯での会話。田上を殺人犯と断定するもつめきれない湯川。
⑭薫と田上、ホテルでの優雅な食事。田上、薫のワインに薬をもる。
⑮薫が研究室に落としいったブローチが田上の超音波機器によって加工されたものと知って、殺人方法に気がつく湯川。
携帯で薫と話をするものの途中でとぎれる。
⑯田上に介抱され、ふらふらでホテルの部屋にもどり、風呂に入る薫。
⑰薫の部屋に忍び込み、薫を超音波で殺そうとする殺人犯。
突然、部屋のドアがあき同僚の刑事が救出にくる。
犯人は田上ではなく、田上に依頼された男だった。
⑱ホテルのラウンジを通過しようとした田上、待っていた湯川。
湯川の殺人方法の種明かし、プラス、超音波による痣の残らない殺し方が書かれたメモを田上に渡す。
⑲湯川の天才的な能力に脱帽する田上…。
⑳湯川の研究室でぐちる薫。帰れといいながら、微笑ましく薫を見ている湯川。エンディング。

ついでに、
水割りに入っている氷を回す福山君の指のカット割りなど、とにかく福山君を格好良く見せることについても、気を配っているスタッフの実力もたいしたものだと思う。

ここまできたら、もうちょっと効果音の品質がよければなぁ。






土曜の11時10分から新番組『SP』がスタート。(柳本ジャパンの女子バレーが韓国戦で熱戦だったため、実際は、11時30分からはじまったが)
監督は、あの『踊る大捜査線シリーズ』の本広克行さんだ。
この『SP』は、「踊る~」の作品ともひと味違うものになっている。
第1話を見終わっての印象は、本広監督は、何かたくらんでいるという感じがするのは自分だけだろうか。
このドラマは、
「様々な特殊能力を持ったSPとテロリストとの戦いを描いたドラマ」というふれこみ。

脚本は、『GO』で一躍有名になった金城一紀さん、
出演は、岡田准一君に、堤真一さん。
映画『フライダディフライ』でのトリオだ。
同じ役者の組み合わせというのは、「洗脳力」の著者苫米地英人氏によると黒澤明監督あたりからはじまった洗脳の一種なんだそうだ。
その顔を観ただけで、視聴者に同じ情動をかもしだすという手口。
そういえば『フライダディフライ』では、やたらと強くてかっこいい韓国系の高校生岡田君と娘の復讐をするというもののどこまでも情けないおっさんの堤さんというイメージもダブる。

とはいえ、今回の『SP』は「本格的」な何かを指向している雰囲気もある。

『SP』のカット割りも画像の質もかなり「映画」っぽい。
これも、何らかの「企み」を感じるものの一つ。
また、主演の二人以外の脇役のメンバーもテレビにあまり露出していない役者を選んでいるようだ。
要人を護る“動く壁としての盾”に加え、“動く壁に生まれた盲点”いわば不測の事態を予防する警護課員」として、岡田君が超能力っぽい特殊な能力をもっているという設定はやや疑問?
これも実験か?
脚本、構成ともに、土曜日の深夜枠ということで、何かをひたすら試し続ける作品になるかもしれない。
単に、本格的な「アクション」だけを目指しているのではないと思う。

とにかく今後の楽しみとしたい。
なにせ視聴者というのは気楽な立場なわけではある。
ほんとに制作者側は、大変だ。
ただ、制作スタッフの意図どおりに、何かがはまるとけっこう気分がいいのではないかと思う。

たとえば『医龍2』では、最近「東十条病院の閉鎖のニュース」がまさに今回のテーマにシンクロする内容だ。病院経営と日本の医療行政の問題が浮き彫りになってきており、ドラマでの「北洋病院」とほとんど同じ状況が現実となっている。ただ、制作スタッフとしては、ねらいが当たって、してやったりというところだろうか。

また、『ガリレオ』では、福山雅治君こと湯川学先生にスカッシュをさせたり、ロッククライミングを番組の中に演じさせている。
それが格好いいわけだ。
その姿を見つめる刑事柴咲コウの目に一瞬憧れめいた気分が宿っているような演技もさせている。あざといなぁ。
もちろん原作にはこんなシーンはない。
ただ、話によるとこの部分の瞬間視聴率が異常に高いそうで、まさに、
制作スタッフの思うつぼ。
ストーリーとはほとんど関係ないものの、テレビを観ている女性視聴者層の気分をいやがうえにも上手につかんでいる。
 
いやはや、それにしても作る側は本当に大変だ。





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。