舞台の効果音

演劇、ドラマ、映画、効果音、音効、サントラ、サウンドトラック、 プレゼン、劇、学校祭、音楽、BGM、SE、音、曲、学芸会、学園祭、発表会など ドラマについてや場面に応じた音楽などの話題を中心としたブログです。

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あまりにも忙しくてドラマも落ち着いて観るヒマもない。
いやはや、
せいぜい観ることができたのは、
先日の日曜日の「佐々木夫妻の仁義なき戦い」第2話ぐらいのものだった。
それにしても、
この前の日曜日(2008年1月27日)は、
なんだか妙な一日だった。
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昼、大阪国際女子マラソンでは、
「トラックの女王」と呼ばれた福士加代子が、
失速し、ふらふらの状態でゴールに辿り着いて、
阿鼻叫喚の中マラソンでの北京五輪への夢は絶たれ、

夕方になると、あのお騒がせの朝青龍がとりあえず白鳳に敗れて優勝を逃し、
歓喜の座布団が舞った。

さらには、夜、橋下弁護士が大阪知事選で勝利し、
当たり前のように、
その直後から各局の報道番組に引っ張りだことあいなった。

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それぞれ、本人たちの人生にとっては大変なドラマの一断面だったに違いないが、
それはまた、実にテレビ的な映像の世界の連続だったようにも思う。
テレビのドラマ制作班のディレクターたちが、
智恵を絞って生み出した映像よりも、やたらと演出がかった世界でもあった。
すべて現実であり、事実の映像なのだけれども、
あまりにもテレビ的な切り取り方で、視聴者に届けられてきている。

これらの情報をすべてテレビを通して観ている訳だから、
「テレビ的」なるものを手にしてしまうのも当然なのだが、
そんなことに対して自分たちは、けっこう麻痺しているのではないかとも思う。
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例えば、福士加代子のマラソンの場合。

事前の自信満々のインタビューがすでにフリとなっていたあのレース。
彼女にとって、初マラソンだった大阪国際女子マラソン、
大方の予想通りに圧倒的に他の選手たちを引き離してトップで快走したレース序盤。
しかし、レース終盤になって、
彼女はマラソンという未知の世界の落とし穴にはまっていく…。
スタミナが切れ、しだいにスピードは落ち、さらには足も痙攣しはじめた。
後続の選手たちもぐんぐん追い着き、彼女を抜いていく、
苦痛にゆがむ顔、
ゆっくりジョギングせざるえない福士に、
ワコールの永山忠幸監督が「もうやめてもいいよ」と叫びながら併走。
しかし、監督の制止を振り切るように走り続ける福士。
そして、最初の転倒、
消耗する体力、
福士はゴール直前で計4回もさらに転倒し、
その場面もしっかりとTV中継でも映し出された。
競技場で大歓声に迎えられつつも、
スタンドで観戦していた母は、福士の走る姿を正視できない。
ゴール直前にしても、なお転倒し、立ち上がる姿も痛々しい、
だが、その表情はあたかも照れ笑いしているようにも見えるような複雑のものだった。
トラックの女王としての誇りがくだかれ、
屈辱の中にあってもゴールを目指すアスリート…。

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この福士にまつわる映像をなんの不思議もなくつい受け取ってしまうのだが、
トップで走っていた時ならともかく、
終盤になってどんどん他の選手に抜かれ、
10位以下になっても福士の映像は流れ続けた。
また、別カメラで永山監督のカットも用意できるようにしていた。
はたまた、客席の福士さんの母親用のカメラもセットし、
トップでゴールして喜ぶ母の絵柄でも、
そうでない場合の悲しむ母という図でも対応できるようにしていた。
ようするにシナリオのないマラソンというドラマにおいて、
どんな展開になっても対応し、
その演出を効果的にできるようにするためのカメラワークを可能にしていたわけだ。
それを私たちは、不自然に感じなくなってしまっている。

きっと中継を請け負っていたディレクターは、
福士の30km近くでスピードダウンしたあたりで、
どう演出するかをしたたかに決めていたのでないかと思う。



テレビは、ある種の嘘で満ちている。
そんなことを的確に教えてくれるのが、
新潮新書の「テレビの嘘を見破る」(今野 勉 著)。
※今野勉(コンノ・ツトム)
1936(昭和11)年、秋田県生まれ。演出・脚本家。1959年東北大学文学部を卒業、TBS入社。現在テレビマンユニオン取締役副会長、武蔵野美術大学映像学科教授。手掛けたドキュメンタリーは「遠くへ行きたい」など多数。長野冬季五輪の開・閉会式プロデューサーも務めた。

これは、実に面白い本です。
テレビ制作の裏側について書かれた書籍の中でも、
群を抜いた品格と裏打ちされた実力みたいなものがある。
テレビの嘘について興味がある方は、ぜひお読みください。

初日に釣れたのに、最終日に釣れたとして盛り上げる釣り番組。
新郎新婦はニセ物、村人が総出で演技する山あいの村の婚礼シーン。
養蚕農家の生活苦を、擬似家族が訴えたドキュメンタリー作品――。
視聴者を引きつけようと作り手が繰り出す、見せるための演出、やむを得ない工夫。
いったいどこまでが事実で、どこからが虚構なのか? 
さまざまな嘘の実例を繙くことで明らかになる、テレビ的「事実」のつくられ方。
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■目次

第1章 テレビ的「事実」はこうして作られる
(作り手の工夫はどこまで許せる?;なぜ幻の魚は旅の最終日に釣れるのか ほか)
第2章 ドキュメンタリーとフィクションの境界線
(「事実」と「再現された事実」;再現映像はゴールデンタイムの主役 ほか)
第3章 NHKムスタン事件は「やらせ」だったのか
(犯罪と指弾された「内輪の常識」;「やらせ」とは何か ほか)
第4章 テレビの文法
(いち早く「再現」を認めた欧米;「あるがままの事実」と「もうひとつの事実」 ほか)


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■立ち読み用の文章から
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ある秘境もののテレビ・ドキュメンタリーの記者発表で、ディレクターが胸を張って言いました。
「うそをついていないのが誇りです」
 それを聞いて違和感を感じたある記者がコラムに書きました。
〈苦難の日々を思い起こしての発言と推測するが、視聴者の立場で聞けばずれている。ドキュメンタリーで、ありのままの映像を放送するのは当たり前のことではないか。テレビ現場の非常識が透けて見えてしまったことを残念に思う〉(朝日新聞'02・11・29「サブch.」)
 たいていの読者(視聴者)は、この記者の言葉に共感を覚えるのではないでしょうか。ドキュメンタリーやニュースや情報番組など、事実を伝えようとするテレビ番組でありのままの映像を放送するのは、当然のことではないか、と。
 この記者は、新聞社でも数十年前には、たとえば大雪の写真で雪がしっかり写っていない場合、ペンで書き加えたりしていた例をあげて、そうしたやらせ写真が新聞社の常識とされていたことを認めたうえで、こうつづけています。
〈極端な例ではあるが、「作っても許される」という感覚があったのだろう。
 今はこんなことをする記者はいない。でもテレビ界では「良い映像のためなら多少作っても」という感覚が残ってはいないだろうか〉
 ディレクターの「うそをついていない」という発言は、日頃の秘境もののドキュメンタリー番組が、展開を盛りあげるために、撮影した映像を劇的に再構成し、物語化しているという風潮を意識してのものでしょう。
 その意味で、たしかに「テレビ現場の非常識が透けて見えてしまっ」ています。
 では、うそをついていないディレクターの番組は、記者のいうありのままの映像になっているでしょうか。
 答えはノーです。
 ドキュメンタリー番組やニュース情報番組など、事実を伝える番組といえども、映像というものには、その撮影の段階で、あるいは編集の段階で、さまざまな「工夫」が施されています。それは作り手側からいわせれば、諸事情からの「やむをえない工夫」であったり、「見せるための工夫」であったりします。
 しかしそれは、視聴者側から見れば「作為」です。
 こうした「作為=工夫」によって作られた映像は、テレビでは、実は、日常的なものなのです。視聴者の皆さんは、一日に何十回となくそうした映像を見ているはずです。
 つまり多少なら作っても許されるという感覚は、テレビ界の常識になっているのです。
 テレビ界の常識と視聴者の常識はたしかにずれています。
 いったいどのような作為=工夫がなされているのか、思いつくままに、紹介してみようと思います。
 視聴者の皆さんの中には、すでにそうした作為=工夫を見破っている人もおられるでしょう。見破ったうえで許している場合もあるでしょうし、許せないと怒っている人もいるでしょう。
 あるいは、はじめて知って、許せないと怒りだす人がいるかもしれません。
 いずれにせよ、次に紹介する作為=工夫の諸例を、視聴者の皆さんは見破っていますか(見破れますか)、そして許せますか。
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連続ドラマ1本の制作費ってどれぐらいかかるのだろうか?
4000万~6000万ってなところだろうか。

きっと、キャストの質にもよるのだろうし、
企画の段階で、すごいセットを組むとやたらとお金はかかるだろうし…。

フジだったら、子会社であるフジテレビドラマ制作センターへ、
また、TBSだったら、TBSエンタテインメントに、
制作費1本いくらという形で発注するのだろうけど、
今も、その金銭的な縛りというのは辛いのではないだろうか。

ちょっとでもオーバーすれば、会社の持ち出しになるわけだし、
査定で×などとつけられないように、
なんとかペイする所にもっていくには、それなりの工夫が必要なのだと思う。
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フジジテレビ系土曜ドラマ「SP(エスピー)」が、とりあえず終了した。
土曜の深夜枠という実験場で、フジテレビの企画はここのところ、
非常に上手く回転しているようだ。
ちょっと以下の3作品の視聴率を見てほしい。
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「ライアーゲーム」 平均視聴率11.2%、最高視聴率12.8%
「ライフ」      平均視聴率12.2%、最高視聴率17.4%
「SP」       平均視聴率15.3%、最高視聴率17.6%

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一目瞭然に、「SP」の叩き出した数字は素晴らしい。
さらに、以下の第1話~第10話までの各話ごとの視聴率の結果においても、
総監督である本広克行さんの思惑通りの展開となっているのではないだろうか。
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第1話 「東京都知事暗殺を阻止せよ」 14.5%
第2話 「元内閣総理大臣を警護せよ」 17.6%
第3話 「テロリストを排除せよ 」   15.2%
第4話 「元総理を救出せよ 」     15.7%
第5話 「重要参考人を警護せよ」    14.1%
第6話 「暗殺者を確保せよ」      14.6%
第7話 「特別警護を完遂せよ」     15.5%
第8話 「警護四係に合流せよ 」    12.6%
第9話「巨大アトリウムを警護せよ」  13.8%
第10話「警護課員皆殺しを阻止せよ 」16.6%

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ゴールデンタイムにおける各局の冬ドラマが、
けっこう苦戦している中で、深夜枠でのこの数字は驚異的だ。
テレ朝系「交渉人」(ゴールデンなのに、前回の視聴率13%)の制作スタッフも
さぞや悔しいことだろうと思う。

しかも、「交渉人」に投入されている制作費は、
キャスティングの費用だけでも全然違うはずなわけで、
「SP」は非常に格安の費用で作られているドラマであるからだ。
企画力や脚本の構成力、そして、演出力の重要性をあらためて考えてしまう。
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特に、この「SP」ドラマ班での、
演出である波多野貴文さんや藤本周さんの二人の実力によるところは大きい。
この2人で、きっと2話おきぐらいに担当しているのだろうし、
ひとりが撮っている間に、
ひとりは編集や効果音を入れる作業と次の準備にあてて、
ローテーションしているのだろうとは思う。
ディレクター2人の能力やセンスが調和していないと、
やっぱりいいものは作れないと思う。
そういう意味でも、フジテレビドラマ制作センターの底力を感じてしまう。
さて、
この「SP」が、
スペシャル版として、4月5日午後9時からのゴールデンタイムで放送されるという。
これも、本広総監督の最初からのねらいだったのでしょう。
全11話のエピソードを時系列に組み替え、
すべて編集し直すというこでもあり、
すでにだいたいの部分の撮りは終わっているらしい。

フジの高井一郎プロデューサーいわく、
初めてごらんいただく方にも、
レギュラーを見ていただいた方にも楽しめる新構成になっています

ということだそうだ。
今回の最終回では、
警部である尾形総一郎(堤真一)のナゾを匂わして終了している。
この第11話までのテロについて後ろで糸を引いていたのは西島ではなく、
尾形だった?というようなエンディング。
上手ですよね、こういう構成。

東大法学部卒でありながら敢てキャリアに入らず、
ノンキャリアとして警視庁に入庁している現場主義者の
警護課第4係機動警護班係長・警部である尾形総一郎(堤真一)。
しかし、その実体は、
テロを防止すべく、国家機構および警察システムを改革するために、
裏でテロを扇動しなければならないという矛盾を抱えた男、
それが尾形総一郎(堤真一)ってなところだろうか。
個人的には、できれば尾形(堤真一)にはこの先も出演してほしいので、
さらになんらかのウラがあったという事情で、警部として残してもらいたいなぁ。

とりあえず、この尾形の設定いかんによっては、
4月5日のスペシャルだけでなく、
さらに続編としての「SP」がゴールデンタイムで、末永く放映することができる。
どこまでのスパンで、この物語を展開するつもりなのか?
というのが個人的には興味のあるところです。

さぁ、
そして、来週からは、このの土曜ドラマ枠に「ロス:タイム:ライフ」が放映される。
1話完結スタイルの連続ドラマ。
無駄遣いした人生のロスタイムを、
死を迎える直前に自由に使うことができたら何に使うか?
主役が9人も存在し、各1話のみの出演という異色のドラマだという。



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それぞれの状況下で死を迎えることになった主人公たちの前に、
謎のサッカー審判団が現れる。
それまでの人生で無駄遣いしてしまったロスタイムが提示される。
主人公の死の直前、時が止まり、
各自にそれぞれの時間が与えられる。
彼らは、与えられたわずかな人生を、限られた時間の中でどう過ごすのか?

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9人の主役は、第1話から順に
瑛太、小山慶一郎、友近、上野樹里、伊藤淳史、田中直樹、
常盤貴子、真木よう子、大泉洋と、
物語のキーマン、温水洋一、ということだそうだ。
楽しみですね。

今回、
チーフ監督かつ脚本を担当しているのは筧昌也。
まだ、30才。
自主映画「美女缶」で、注目された新人ではある。
筧さんは、今回のドラマに関して、
「ライフワークにしたいと思っていた作品。
テレビも映画もオリジナル企画が少ないので、
ちょっと新しい、スタンダードみたいなものになったら」と語っている。



また、中島久美子プロデューサーは、
「コメディータッチではありますが、精いっぱい生きましょう!
というメッセージを伝えたい」と話している。
「人生を振り返る」的なタイプの企画は最近多いが、
30才の若さが生み出す感覚的な表現や発見がどんなものかが気になる。

ともあれ
フジテレビの制作サイドに、
「新人発掘的な意識」があったり、また「育てようとする感覚」が存在していることが、
素晴らしいし、一種の戦略にもなっている。
とにかく、
新しい才能がデビューすることを楽しみにしたいと思う。





あをによし寧楽(なら)の京師(みやこ)は咲く花の薫(にほ)ふがごとく今盛りなり

六本木の街をぶらぶら歩いて、ふと見上げればそびえ立つヒルズの森タワー。
なんでまた無駄にでかい建築物を人は造るのかなーなんて思ってしまうように、
きっと古代の日本人も、同じような気分で、
平城京の巨大な建築物と行き交う人々を見つめていたに違いない。
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「あおに‐よし」【青丹よし】かぁ、

「平城京の青や朱の彩りの美しさから来ている」という先生もいれば、
「平城京のあたりには極彩色の建物などは無かったはずだから、
「あをによし」という枕詞の本来的な意味は、都の美しさとは関係ない」
というどこぞの無粋な国文学の教授もいるんだけど…。

そんなもの個人的な想像で言うなら、
「あをによし」っていうのは、建築物の色彩じゃなくて、
この街を歩いている女の子たちのきらびやかなファッションなんじゃないかと思う。
今も昔も、街を歩く時の楽しみといえばは女性のファッションなのですから。
だから、地方からこの平城京にやって来た古代人のお上りさんたちが、
きょろきょろしながら、かたわらにいる友達に
「いやー、やっぱりねぇ、青によし!」
(枕詞だけど、「どんだけー」程度の意味で、つい叫んじゃう)、
「奈良の都っていうのは、咲いている花の色香も艶やかだし、
道行く女の子たちもおしゃれよね~」、
「やっぱり都会だよ~、いけてるー」
ってな感じで、
会話をしていたんじゃないだろうかと思う。

さて、今回は、ドラマ『鹿男あをによし』について。

ご存知の通り、この作品は、万城目学原作の『鹿男あをによし』をもとにして、
玉木宏君主演で、順調に第2話も放映されている。
視聴率は、ちょっと低調で、第1話が13%、第2話が11%ということだそうだ。

とはいうものの、
このドラマはあんまり視聴率にこだわらない方が良いのではないだろか。
原作者と制作サイドが作りたいものを作るというテイストで、
どんどん進んだ方がいいタイプの作品だ。
好き嫌いがはっきりしてしまうのもしょうがない。



そもそも、
『鴨川ホルモー』で第4回ボイルドエッグ文学賞をとった万城目学さんですからねぇ。
この『鴨川ホルモー』だって、実にナゾの多い物語。

■あらすじ------------------------------------------------------------

京都大1年の「俺」は、
葵祭の牛車を引くアルバイトの帰り、怪しげな先輩からサークルへの勧誘を受けてしまう。
美人の京子についつられ、京都大青竜会という奇妙なサークルに入会してしまう。
このサークルは、なんと学生同士の陰陽道対決、
“ホルモー”なる儀式を行う組織だった。(この段階で、すでにナゾめいているのだが)

京都市内の4大学が2年ごとに各10人の選手を出し、式神・鬼を操って敵を倒す
“ホルモー”なる儀式とも競技ともつかないものを展開する
もちろん、恋もコメディーもありの物語に仕上がっている。

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デビュー作から、
「陰陽道対決」、「式神」、「鬼」、「安倍晴明」などなどの
古風でエキゾチックなワードが繰り出されている中に小説世界が展開されていた。

万城目学さんの言葉によると、
「この作品を書くまで応募した文学新人賞はことごとく玉砕で、
これが最後と開き直って、とにかく誇大妄想以上の大ぼらを吹いてやろうと
書き出したんです。
僕自身が大学時代を過ごした京都の街を舞台に、
あの歴史の都の背後に隠れた陰陽道の要素を取り入れて。
ですから登場人物は全員、陰陽道にちなんだ名前だし、
神社仏閣など歴史上の建造物や四神配置の方位など、すべて盛り込んであります」



したがって、第2作目にあたる『鹿男あをによし』などは、
受賞後で落ち着いたのか、
その設定は、前作よりマイルドになっているのではないかと思う。
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■とりあえずのあらすじ

人間関係のもつれから神経衰弱扱いされ、
奈良にある女子校に常勤講師として期間限定で赴任することになった“おれ”。

古の都・奈良で英気を養い、研究室に戻る予定だった“おれ”を待っていたのは、
生意気な女子高生と癖のある同僚教師たちと鹿。
その鹿が「先生、出番だよ」と語りかけてきたことから
“おれ”の奈良ライフは波乱に充ち満ちたモノになっていく…。


■それなりのキャスト

小川孝信 - 玉木宏 藤原道子 - 綾瀬はるか 堀田イト - 多部未華子
長岡美栄 - 柴本幸 溝口昭夫 - 篠井英介 前村さおり - キムラ緑子
名取良一 - 酒井敏也 福原房江 - 鷲尾真知子 大津守 - 田山涼成
佐倉雅代 - 藤井美菜 原和歌子 - 川辺菜月 吉野綾 - 東亜優
西尾京子 - 江頭由衣 南場勇三 - 宅間孝行 鹿(声) - 山寺宏一
福原重久 - 佐々木蔵之介 小治田史明 - 児玉清 オープニングナレーション - 中井貴一
内閣総理大臣 - 夏八木勲 巫女 - 大塚寧々 子(小川孝信の元彼女) - 山口紗弥加
教授(小川孝信の元研究室) - 白井晃

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ドラマ化にあたって、それなりに力は抜かれていない布陣となっている。

脚本には、
相沢友子(『恋ノチカラ』『私を旅館に連れてって』)というエースを投入し

演出は、
安定感のある 鈴木雅之(『HERO』『スタアの恋』)、

そして、バックにはプロデューサーとして、
土屋 健(共同テレビ)(『Dr.コトー診療所』)が構えている。

この土屋健プロデューサーによると、
日常から万城目さんが作り出した世界へと自然に引き込まれ、
全く想像もつかない展開にぐいぐい引っ張られる圧倒的に面白い作品。
いつしか主人公を一生懸命に応援するようになり最後にはホロリとさせられる。
なおかつ作品の根底には今伝えなくてはならないメッセージが織り込まれていると思い、
他の誰かに映像化されるのは悔しいと思ったので連続ドラマ化へ踏み出しました。

クリアすべき難題が多々ありますが、
大まじめに、不可思議でいまだかつてない壮大な物語に挑戦したいと思います

ということだそうだ。

第1話、第2話を観る限り、
奈良の平城京跡の風景が美しく撮影されている。
下宿にしても、京都や奈良にある建物の風情を残している映像となっている。
(このタイプの下宿部屋の風景が映像になったのも珍しいのではないかと思う。)



また、原作では、妻子もちの藤原君だったがの綾瀬はるかの藤原さんになった。
当初、心配していたけれども、こういう役柄の綾瀬はるかというのは意外といい。
インタビューなどで、
受け答えしている綾瀬はるかは、織田裕二と同じように、
見ているだけで、なぜかイライラさせられる要素を持った女の子ではあるが、
やっぱり役者としての資質があるのでしょう。
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それに、ドラマ全体については、
夏目漱石の「坊っちゃん」が、設定のベースになっていることだし、
視聴者にしても、なんとなく懐かしいものを感じながら観るのではないかと思う。
鹿の使いとして、「サンカク」を右往左往しながら求める主人公の荒唐無稽さも、
いいんじゃないかと思う。

できるならば、このドラマ作りは意外と原作に沿いすぎているので、
ちょっと原作から離れて止揚してほしい。
昨年の『ガリレオ』などは、見事な原作からの離陸ぐあいだった。
そこまでいかないまでも、
もう少しお遊びの要素を入れた方がテレビドラマとしては必要だとは思う。

それでも、
堀田イト 役の多部未華子のぶっきらぼうさも、
それなりにはまっていると思うし、
やがて行われる「大和杯」での剣道の試合ぶりを楽しみにしたいものだ。
原作を読んだ方は、お分かりだと思うが、
ラストシーンで、主人公である玉木君と堀田イトは、別れ際にキスをする予定だ。
いろんな意味あいがあり、すべてが解き明かされる「キス」。

原作でも、この瞬間にいたるまでの描き方が非常に上手なのだ。
それなりの青春のほろ苦さがある。



万城目学さんは、1976年生まれで、現在32才。
作家としては、まだまだこれから伸びる人ではある。

ただ美しい、快いものだけで埋められる人生なんてありえない。
失敗し続け、さえない毎日が続くのが人生じゃないですか。
そして無駄なことに真面目に頑張り続けるのはやっぱり美しい。


あるインタビューでの彼の言葉だが、実に彼の作品の本質を表している。

万城目さんの描いているものは、陰陽道や神話をベースにしつつも、
大事にしているのは、「健気な人の営み」であったり、
忘れかけていた懐かしい「青春」なのではないかと思う。

ちなみに、
このドラマについて、知り合いの中国系でかつおたくなカナダ人と会話をしたら、
「カナダやアメリカには、本当の歴史がない。日本に神話があるのは、
それだけさまざまな人間の感情が積み重なった物語がたくさんあるということ。
深い文化を感じるし、うらやましいです。」と、
普段とはうって変わって、
やたらと真面目な答えを返してきたのでちょっと驚いてしまった。

国文学の研究ではヒット作の『鬼の研究』(馬場あき子 著)などというのも有名だが、
柳田国男の『遠野物語』であれ何であれ、
日本人のDNAというか心の底に潜む物語は確実に存在している。
万城目さんは、そこを上手くリンクさせつつ、自分の物語をかぶせているようだ。

ともあれ、
荒唐無稽の『鹿男あをによし』が、
日本人の心の底にある何かの琴線に触れる作品になればいいなぁと思う。

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日曜日のTBS系ドラマ『佐々木夫妻の仁義なき戦い』の
第1回目の視聴率が17.3%だったという知らせがニュースとして登場してくる中、
香取君の『薔薇のない花屋』の第2話が放送された。

前回よりもさらに野島伸司の巧みな脚本作りの技術力を感じる回だった。

今回の第2話を観ていて、
ふと思うことは、
シナリオでの『会話』というものの取り扱いについて。

ドラマの中で、役者は、たくさんのセリフを放つ。
それは、意味のある重いセリフである場合もあるし、
どうでもいいセリフの時もある。
ただ、
このセリフというものの捉え方に、脚本家の個性があらわれるようだ。

かつて、倉本聰さんは、富良野塾のライター講座で、塾生たちに以下のことを教えていた。
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『セリフというのは、2重線をもつんだ。

ひとつは、はっきりと意志を伝達するためのセリフ
「この道をまっすぐ行って2番目の角を右に曲がれば郵便局です。」
というような。

もうひとつは、その場を取り持つために音として置いてしまうセリフ。
つまり、日常会話だね。

例えば、相手に好意を伝えたい時、
こう言ったら露骨だろうか、
こう言ったら伝わらないかなんて、
いろいろ考えて時間があくだろ。それが、間なんだ。
あまりに間が空きすぎて、
これ以上空くとしらけてしまうと不安になって、
つい「その服、高島屋の包装紙の模様に似ていますね」なんて、
とっさに言ってしまう。
変なこと言っちゃって、しまったと反省する。
今の正しかったのか、正しくなかったのか。
頭の中で考える。

また間だ。

「高島屋って言うのは~」などと言ったりする。
これが面白いんだ。
全部が意思伝達だけだったら、つまらないだろ。
プロでそういう脚本家もいるけどさ。』

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この会話に対する脚本家のスタンスで、
まさに『北の国から』は成立している。
一見、
無駄な日常会話をしている黒板五郎と純の心の中には、
まったく別の想いが渦巻いている。
当然、それは視聴者にもよく分かるような仕組みになっている。

これも一種の職人的な技術の累積から生まれた智恵なのだろうと思う。



さて、
ところが、『薔薇のない花屋』での、
脚本家野島伸司さんは、どうやらそんなスタイルはとらないようだ。

汐見英治こと香取君と白戸美桜こと竹内結子とのやりとりには、
倉本聰的な日常会話は、ありそうでない。

いや、汐見と他のキャストたちの会話にも、倉本聰的な日常会話はなされていない。

それじゃぁ、どんな会話が為されているかというと。

例えば
老人ホームに行くことが決まった菱田桂子(池内淳子)に対して、
喫茶店コロンのマスター四条健吾(寺島進)は、
みんなでお別れ会をしようと提案したが、
当日、待てど暮らせど菱田桂子は現れなかった…。
結局、桂子をさがしに行く英治と娘の雫。

やがて、桂子を見つけて…
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菱田桂子:「お別れ会は湿っぽいから」
汐見英治:「俺たちと一緒に暮らしませんか?」
菱田桂子:「同情するんじゃないわよ」
汐見英治:「同情しているわけじゃないんですよ。
        雫だって、これから思春期に入るのに男親一人じゃ困るし…。」
汐見 雫:「そうだよ、暴れるよ」
汐見英治:「もっと花について教えてほしいんですよ。花がなければ死んでしまうって言            ってたじゃないですか。店にならいつでも花がありますよ。」
菱田桂子:「売り物でしょう」
汐見 雫:「売れ残りがあるよ!」

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この会話は、
3人の名優?(香取君、池内さん、八木ちゃん)が上手に演じているので、
実に感動的に見える。
それはもう美しいセリフの掛け合いになっているように感じさせられる。
ただ、
このセリフとセリフの組み合わせができた背景は、
きっと上述の会話を読んでみて分かると思うが、
一種の連想ゲームのような「言葉の連鎖」から出現している。

①「湿っぽい」→「一緒に(明るく)」→
③「同情?」→「同情×」→
③「花のこと」→「売り物」→「売れ残り」

まるで、言葉遊びをしているような感じの作りになっているのだ。

この野島伸司さん特有の「言葉の連鎖」によるセリフ回しは、
ちょっと酔っている白戸美桜と
それを心配して迎えに来た汐見英治のちょっとロマンチックな会話にも出てくる…。

白戸美桜:「人はお荷物なの。私だって、あなたのお荷物じゃない。」
汐見英治:「あなたは荷物だから、
        とっても壊れやすい荷物だから、大切にしないといけない」


「(ただの)荷物」→「壊れやすい荷物」という言葉の連鎖による、
ややキザなセリフとあいなった。

上のふたつのシーンは、非常によくできていて、感動的だったりもする。
(お姫様だっこみたいな冷や汗もののサービスもあったが…。)

けれども、こんなところが野島伸司さんの特徴的な面とも言える。
これまでの作品をそんなに取材などもしなくても、
作品を成功に導いてくることを可能にしたテクニックの一端が現れているように思う。

そう考えると、
野島伸司さんが生み出すセリフの構成を考えれば、
彼のやろうとしていることが推理できるような気もする。

とりあえず、
今回の「薔薇のない花屋」第2話「花のように笑う人」には、
一環して、
「善意、同情、優しさ」という言葉の連鎖が流れていたようにも思う。

これはこれで、ドラマを構成する力業なのかもしれない。

もちろん、
ちょっとずつ工藤直哉(松田翔太)や 白戸美桜(竹内結子)、
安西輝夫( 三浦友和)のナゾを小出しに明かにもしてきている。

さてさて、
次回は、どんな「言葉の連鎖」でセリフとドラマを紡ぎだしてくるのだろう?


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「佐々木夫妻の仁義なき戦い」(2008年、TBS系)を観てしまった。
今のTBSっていうのは、なりふり構わず局をあげて、
なんとかフジテレビに奪われた視聴率を奪還しようとする意志がありありと伺える。
脚本の流れもサービス満点だし、
役者もかなり無理して豪華にかき集めて来ている。
また、画面で行われるCGや効果音の使い方も
フジテレビ系列の「TRICK」や「のだめカンタービレ」などで
成功しているパターンを臆面もなくパクっている。

この作品は、
「性格が正反対の弁護士夫婦が繰り広げる、
夫婦喧嘩や離婚戦争の騒動を描くラブコメディー」なのだという。

第1話の展開を見る限り、これはけっこういいんじゃないかと思う。
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■とりあえずのあらすじ
佐々木法倫(稲垣吾郎)と佐々木律子(小雪)は、結婚3年目の夫婦。
共に弁護士で、結婚を機に小さいながらも2人で独立事務所を構え、
スムーズに運営されていた。
仕事はさておき、2人の結婚生活はもはや崩壊寸前だった。
律子は不得意だからという理由で完全に家事を放棄、
それを問題視した法倫も「律子が自覚するまで家事はやらない」と放置した結果、
台所には洗い物がたまり放題、洗濯物は山となり、ゴミは腐臭を放つまでに・・・。
しかし、喧嘩はしていても仕事はしなければならない。


■コメディーにしては、やたらと贅沢なキャスト
佐々木法倫 - 稲垣吾郎 佐々木律子 - 小雪   桜庭元 - 小出恵介
鈴木恵 - 酒井若菜   蝶野清 - 西村雅彦  馬場啓一郎 - 藤田まこと
小川信司 - 山本耕史  猪木鉄男 - 古田新太  吉田紗枝 - 桜井幸子
佐々木ゆと子 - 江波杏子

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性格の不一致のために毎日のようにやってしまう夫婦ゲンカ。
しかも夫と妻はそれぞれ弁護士なんで、
ちっちゃなケンカでも、
やたらと大げさな法律用語が飛び交う壮絶な戦いに変化してしまう。
ゴミの処理、皿洗いなんかのもめ事が、憲法解釈にまで発展していく大げさぶり。
そんな設定の中、
第1話では「自宅前のゴミ置き場を移転して欲しい」という
依頼人から相談を2人で手がける事になる。

ようするに、
この脚本の作り方の非常にいい面は、
稲垣君と小雪さんの夫婦ゲンカのテーマが、
自分たちの弁護士事務所に依頼される事件のテーマと重なるというスタイルを
とっていることでしょう。

しかも、その事件を解決するたび少しずつ夫婦のふたりの人間関係が
改善されたり変化したりするというおまけもつく。

上手だなぁと思います。

この脚本を書いたのは、森下佳子さん。
彼女の最近の仕事としては、
「世界の中心で、愛をさけぶ」「瑠璃の島」「白夜行」などにも関わっている。
この森下佳子さんが大のプロレスファンのために、
役柄の名前が全部プロレスがらみだというのも安直でいい。
(第1話では、アントニオ猪木まで出演していた。)
koyuki  1

たいした資料もないけれども、
森下さんという人はかなり面白い発想を持っている人ではないだろうか。
37才だとも聞いているし、まだ無茶ができる時代だ。
何かやらかしてくれるに違いない。

そういう意味でも今後が楽しみだと思う。

担当の高橋正尚プロデューサーは、
ドラマの大きな流れとしては、
離婚に向かって突き進んでいるものの、
実は、夫婦の思いは深まっていきます。
お互いにとって向き合い方が非常に誠実だし、
強い愛があるからこそ、反発が大きくなる。
でも、最終的には、お互いの思いを感じて、家族や夫婦の大切さや、
深まっていくきずなを描いていきたい

と語っていた。
コンセプトとしては、非常にドラマを作りやすいものになっている。

第1話などは、
まさに高橋プロデューサーの思惑通りの出来上がりなのではないかと思う。

それにしても、小雪もよくこの仕事を引き受けたものだ。
1976年生まれで、今年は32才。
仲間由紀恵や米倉涼子、伊東美咲などと同じく、
女優における「30代の壁」に挑戦しているひとりなのだろう。
ただ、他の女優さんたちよりもCMで露出する機会がはるかに多いので、
実に得をしているはずだ。

ドラマや映画にあくせく出演しなくても、
2005年あたりからの品質のいいCMに参加しているので、
視聴者対するのイメージ作りには全く苦労しない。

例えば、
「トヨタ自動車」「VIERA /DIGA 3」
「SK-II ホワイトニング ソース フェイシャル トリートメント エッセンス」
などで、
より美しく撮ってもらっているのも、本人にとっては追い風になっている。

映画「ラストサムライ」でもそうだったが、小雪といえば
「楚々とした大人しい日本風美人」というイメージが定着してしまっている。
あのニキビの多い、のっぽのバレーボール大好き少女が、
和風美人へ…。

おかげで、
2006年の美肌だと思うタレント部門でも総合1位だそうだ。

ただ、
この30代を迎えた女優としては、
自分に染みついたイメージを一度払拭する必要もあるのだろう。
自分の綺麗なイメージの殻をぶちこわす作業に、
現在の小雪はチャレンジしている。

いやはや女優っていうのは、どの人も大変だ。

第1話では、稲垣君とのバトルの中で、
鼻血を出したり、
ゴミ袋に突っ込まれたり、
はたまた泥酔状態で左手にボンレスハムを握りしめて床に倒れて寝ていたりと…、

まっ、かなり頑張っているのでは。

次回も、それなりに楽しめると思います。

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(http://www.tv-asahi.co.jp/koshonin/)より

「あなたは、脚本家・野島伸司についてどう考えますか?」 (01/17)
という問いかけをしたまま、20日になってしまいました。
すいません。

そして、「たくたくろさん、 虎龍さん、ZIN さん、りつさん」、コメントありがとうございました。

なかなか慌ただしくて、ブログの更新ができないままでしたが、とりあえず書きます。
本来的には、野島伸司がどうこうっていうわけではないのですが、
この野島さんの作品を見ていると、
「脚本家にとってセンスというのはどういうことなのか?」と
どういうわけか無意識のうちにも、考えさせられてしまうのです。

例えば、この今回の冬ドラマの第1話での獲得視聴率を見ていただきたい。
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1/06(日)「篤姫」(NHK)20.3%

1/08(火)「ハチミツとクローバー」(フジ系)10.0%
    「あしたの、喜多義男」(フジ系)8.0%

1/09(水)「斉藤さん」(日テレ系) 17.4%

1/10(木)「交渉人」(テレ朝系)16.7%

1/11(金)「エジソンの母」(TBS系)11.0%
    「未来講師めぐる」(テレ朝系)9.0%

1/12(土)「1ポンドの福音」(日テレ系)13.0%

1/14(月)「薔薇のない花屋」(フジ系)22.4%

1/15(火)「貧乏男子 ボンビーメン」(日テレ系)16.5%

1/17(木)「だいすき!!」(TBS系)10.9%
    「鹿男あをによし」(フジ系)13.0%


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野島伸司の「薔薇のない花屋」(フジ系)22.4%が、圧勝という結果となった。
香取君だけでなく、
当然、演出の中江功さんをはじめとするスタッフ全員が大喜びしているはずだ。
「次の話が気になる」、「あのキャラの謎を知りたい」というような感じで、
次回もきっと20%を越えるのでしょう、きっと。

過去の作品でも、
売れた野島伸司脚本ドラマはこんな調子のスタートで、
ぐんぐん視聴者を引っ張ってきた。
速筆でも有名で、第1話ぐらいのあたりで、
全話の脚本が完成してしまうという人でもある。
しかも、その後の手直しはしない。



さらにもう一つ言うなら、
「君が嘘をついた」(1988年、フジテレビ)・「愛しあってるかい!」(1989年、フジテレビ)・
「すてきな片想い」(1990年、フジテレビ)・「101回目のプロポーズ」(1991年、フジテレビ)

などは、まったく取材しないで書いてきている。

とんでもない才能というかセンスなのだと思う。

しかも、 「愛という名のもとに」(1992年、フジテレビ)あたりから、
やっと取材活動をはじめ、
その旨みを知ったというから驚きだ。
ようするに、野島伸司は脚本家としてデビューした当時から
すでに
どうすれば視聴者は興味を惹かれて、そのドラマを観るのか
ということに対しての技術というか、やはりセンスがあったのだ。

1993年にスタートした「ひとつ屋根の下」にしても、
これは職業物(弁護士とか外資系サラリーマンとか、医者など)ではないので
そんなに取材などはしていないのだろうから、
なおさら野島伸司はかなりの作品を自分のセンスだけでやりきっていることが分かる。

恐ろしいほどの能力だと思う。

本当は、ドラマ1本を作るにしても、通常の人間だったらどれほど苦労することか…。
そう言う意味では、これって、
18世紀の頃、性格は破綻をきたしているくせに
「下書きをしない天才」と言われたモーツァルト対して、
苦労しながら楽曲を作り続けていた同時代の宮廷音楽家たちが
抱いていたであろう苦々しい気分に近いかもしれない。


(http://www.tv-asahi.co.jp/koshonin/)より

さて、今回の冬ドラマで、この野島伸司と対照的な脚本家がいる。
それは、『交渉人』の脚本家寺田敏雄だ。
『交渉人』の第1話の視聴率は、20%越えもならず16.7%となり、
あまつさえ第2話では米倉涼子を下着姿にまでさせたのに
なんと13.8 %にさらに下がってしまった。 
惨敗である。

米倉涼子だけでなく、個性派ぞろいの男性共演陣たち
筧利夫、陣内孝則、高橋克実、鈴木浩介、城田優、高岡蒼甫、高知東生ら)が
存在していても、脚本と演出の能力が低ければ無駄に終わってしまう。
すでに無駄に役者を使っているという批判の声まで上がってきつつある現状だ。

この寺田さんは、
努力の人であり、現場でたたき上げられてここまで来た。
30代頃は、不本意で嫌な仕事ばかりやらされてきているにちがいない。

だからこそ今回はかなり気合いを入れて、
きっと野島伸司よりはるかに取材活動をして、
このドラマを作ってきているはずなのだ。

これも、勝手な推測だが、
寺田さんは「交渉術」や「警察機構」、「武器」、「犯罪の歴史」などなどを丹念に調査し、
さらにはありとあらゆる刑事ドラマなどもチェックして、
盗めるところは盗んできているのだと思う。
その作業たるやもう壮絶なことだろう。
ひたすらもがいて苦しみながら、
ドラマを作っている雰囲気を感じてしょうがない。

『交渉人』の各場面をみていると、
どこかでこんなシーンを見た経験があるという気分になるのは、
そんな調査や学習の悪影響だと思う。
また、
結果的に「ものマネとパクリ」のつぎはぎだけでは、
「次の話が気になる」、「あのキャラの謎を知りたい」という方向にはならない。
野島伸司に比較すると、
あまりにも不器用で、悲しいぐらいに脚本作りのセンスがない。

脚本作りのセンスの第一条件はオリジナリティであり、
観ている者が予想できない展開や答えを用意していることなのだ。

けれども、
私が野島伸司の脚本がどうしても苦手で好きになれないのは、
彼の優れた脚本センスによって、
まじめに視聴者がそのドラマにのめり込まされている場面の舞台裏で、
彼がしてやったりとなんだかバカにするような表情でニヤニヤしている気がすることが
多いからなのだと思う。

本気になってもっと苦労し努力して脚本を作れば、
野島伸司はもっと高い所へ到達できるのに、彼はなぜかそこを目指さないできた。
あまりにも才能を無駄遣いしているような気がする。
もったいない。

ヴァイオリニストの松野迅と将棋の谷川浩司との対談に
直観は才能ではない。日々の努力の賜物である」という言葉がある。
もしこの言葉が本当だとするなら、
技術だけでなく、
センスですらも日々の努力によって高められるはずであり、
そこにこそ凡人の生きる道もある。

そう思うからこそ、
野島伸司の視聴者の心をもてあそぶように安易に作られる数字のいい作品は、
あまりにもったいないと感じるし、
もがきながら悪戦苦闘している寺田敏雄の『交渉人』については、
何らかの突破口を見いだしてほしいと願ってしまう。







遅ればせながら、『薔薇のない花屋』の第1話について。

「野島 伸司という脚本家の作品について好きか嫌いか」と聞かれたら、
自分の場合は、きっと「嫌いだ」と答えるのだろうと思う。

1988年の『君が嘘をついた』から始まって、
異常に視聴率のよかった『101回目のプロポーズ』、『愛という名のもとに』、
『ひとつ屋根の下』などなど、どれもそれぞれ観てしまっているものの、好きにはなれない。

ドラマ作りの基本に、キャラクター設定において、
「その個々の人物の履歴や心の部分などにキズをつける」という技術がある。

また、ドラマのストーリー展開においては、
「喜びのあとに悲しみを、悲しみのあとに喜び」を描くという技術もある。

そのどちらの面においてもは、野島伸司はあざとくやり過ぎる。

よくぞまぁ、後味の悪いドラマを
何度も何度も趣向を変えて打ち出してくるものだと思ったりもしていた。



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君が嘘をついた(1988年、フジテレビ) 愛しあってるかい!(1989年、フジテレビ)
すてきな片想い(1990年、フジテレビ) 101回目のプロポーズ(1991年、フジテレビ)
愛という名のもとに(1992年、フジテレビ) 高校教師(1993年、TBS)
ひとつ屋根の下(1993年、フジテレビ)この世の果て(1994年、フジテレビ)
人間・失格〜たとえばぼくが死んだら(1994年、TBS)
未成年(1995年、TBS) ひとつ屋根の下2(1997年、フジテレビ)
聖者の行進(1998年、TBS) 世紀末の詩(1998年、日本テレビ)
リップスティック(1999年、フジテレビ) 美しい人(1999年、TBS)
高校教師(2003年、TBS) プライド(2004年、フジテレビ) あいくるしい(2005年、TBS)

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たとえば、
「家なき子」の安達祐実に言わせた「同情するなら金をくれ!」とか、
「101回目のプロポーズ」では、
武田鉄矢に走ってくるトラックの前に立たせて叫けばせた「ぼくは死にましぇん!」、
世間では名台詞と言われているそうなのだが、いやー、気持ち悪い。

まして気になり出すと「ひとつ屋根の下」の兄ちゃんこと江口洋介の
軽薄なセリフなどについても、
ことごとく背中がぞっとするほどの気持ちの悪さを感じざるえないことばかりだった。

不幸に不幸を上塗りするそのギトギトした厭らしさがこの野島伸司の世界にはある。
そんなに嫌だったら、観なければいいのにと言われてもしょうがないが…。
怖いもの見たさというか、嫌なもの見たさで、彼のドラマを観てきてしまった。
そういう人も多いのではないかと思う。

その極端さがかつての視聴者にはうけていたりもするのだが、
現在に近づくにつれて、その視聴率にしてもしだいに低落傾向になってきた。
視聴者だって知的水準は本当に高いので、
こういうパターンが類型化されると、いいかげん食傷気味になるのは当然だとは思う。



だが、それでもなおかつこの20年間にもわたって、
傷にさらに傷をつくり、不幸に不幸な状態を重ねて、
キャラクターの新たな新事実が悲劇的なものだったみたいな脚本を作ってきた。

ある意味、驚嘆すべきことなのかもしれない。

野島伸司は逆説的に凄いのかもしれないとも思う。

少なくとも、ここまで極端に徹底した脚本を作ってきた人間は日本には他にいない。

しかも、
メディアでの露出も本当に少ない彼なので、大した情報もない。
結局はドラマから、その人物を類推するしかないのか…。

とにかく、
いったい野島伸司という人は、どういう人物なのだろう?
という素朴な疑問が
いつまでもどういうわけか解き明かされない感じで、これもまた釈然としない。
それが、彼のドラマを観てしまう自分の動機になっている。



そんな中で、『薔薇のない花屋』が先日にスタートした。
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小さな花屋『フラワーショップ雫』を経営する汐見(香取慎吾)は、
8歳になる娘の雫(八木優希)を男手ひとつで育ててきた。
そんなある日、白戸(竹内結子)という女性が
振り出した雨を避けて店に駆け込んできた。白戸は白い杖を携えている。
白戸は雨宿りの礼に花を買うと言い出した。

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最初の15分だけでも、いやはやという感じではある。
香取君演じる汐見は、
「花屋に悪い人はいない」なんてなセリフを何度も言われていることから、
当然、過去があるわけで、
死んだ彼女(妻)に対しての何らかの罪はあるのだろうし、
盲人という設定でのスタートの竹内結子が、
早くも本来は安西病院の看護師で、安西(三浦友和)の命により、
汐見英治を破滅においやるために送られてきたという…、もう、いやはや。

確かに、伏線を大量にばらまいて、視聴者の興味をひく流れにはなっている。
また今までと同じことを繰り返すのだろうか?
と思っていたら、
インターネットのニュースで
「野島伸司、3年ぶり連ドラ脚本 新たな気持ちで“戦場”へ」
という記事が配信されていた。※1月8日8時0分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080108-00000106-san-ent
この記事の内容は、自分にとってはちょっとだけ驚くべき内容だった。
野島さんのインタビューとしては、かなり珍しいのではないかと思う。
松本明子さんというライターが書いた記事。
※ちなみに、この松本さんは結構優秀な人だと思います。

そこでの野島伸司の言葉だけを引用させてもらいます。
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●「職業作家として、自分を意識したときにひどくなってきたなあと思った。
 それに視聴率が取れる内容をと色濃く出したときに視聴者がついてこず、
 訳がわからなくなっていやになったこともあった。
 あと、当時の各局の仲間がえらくなってしまい、
 世代交代で若いプロデューサーと仕事をともにする混とんとした気持ちの時期もあった」


●「視聴者を引き離さないようにどんな卑怯な手を使っても見せたいと
  思っていた時期があったが、
 自分も年を取って穏やかになってきたのか、
 昔のドラマが痛くて見られないときもある。
 思い入れがないのにやってしまった仕事もいっぱいある。
 これからは一つひとつの仕事をこれが最後だと思ってやろうと思う」

●「普通に暮らす市井の人だが、自分の闇を消したいと思っている主人公です。
  今回のドラマでは“引きの美学”を見せようと思っている」

●「チェスする感覚で、ラストでチェックメイトする。
 イメージとしては『ニュー・シネマ・パラダイス』のような終わり方をしたい」

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現在45才の野島伸司の心境が、この短い言葉の中に良く出ている。
この20年の中で、
それなりの変化が彼の中にも起きているという事実が新鮮だった。

視聴率への疑問、
卑怯な手への反省、
一つひとつの仕事をこれが最後だと思う気持ち、
引きの美学、
『ニュー・シネマ・パラダイス』のようなラストへの指向…。




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■『ニュー・シネマ・パラダイス』
ローマに住んでいる映画監督サルヴァトーレは、
故郷のシチリア島の村からアルフレードが死んだという知らせを受け取る。
30年間故郷に帰っていないサルヴァトーレは少年時代の回想を始める。
戦争で父を亡くしたサルヴァトーレ(愛称トト)は映画に魅了され、
村の映画館「Cinema Paradiso」をのぞき見しようとして、
映写技師アルフレードに近づく。やがて二人の間には友情が芽生える……。
歳月を経て、葬儀の後、
死んだアルフレードが託した
「幾多のキスシーンだけをつなぎあわせたフィルム」を観て、
涙する大人になったサルヴァドーレのラストシーン。

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この映画は、いいですね。
『ニュー・シネマ・パラダイス』のラストシーンには、
失ってしまった自分の恋愛への愛惜や、
人間という生き物のけなげな「生」に対する愛おしさに満ちている。

あの野島伸司が、ここに向かうのか…。
非常に驚きであり、それならば実に楽しみというか…。

さて、
このブログを読んでくださっている皆さんは、どう思われますか?
あなたは、脚本家野島伸司さんについてどう考えますか?
ふと、みなさんに問いかけてみたくなりました。





『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』を観てしまった。

バブル景気というのは、
1986年から1991年までの4年間のことを言うそうだ。

この当時に流行った言葉は、その時代の表情をあらわしている。
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「地上げ屋」「地価高騰」「海外投資」「新人類」「マヌカン(ハウスマヌカン)」

「ワンレン・ボディコン」「三高」「ヤンエグ」「ジュリアナ東京」「お立ち台」

「カラオケボックス」「あげまん」「ティラミス」 「アッシーくん」 「おやじギャル」

「高級輸入車」「シーマ現象」「オークション」「シャンパン」「ポケベル」などなど…。

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いやはや、懐かしいやら、恥ずかしいやら
あっさりと通り過ぎてきた風景とは言うものの、
いやー凄いなー、
ホントに金さえあれば何でもできるし、何でもやっていた…。

いつまでも無限に続くかと思われた好景気の中で、
日本人が、全員でどういうわけか浮かれに浮かれて、
それこそ泡のようにはかない夢を見続けていた。
それはもう、不況にあえぐ現代とは雲泥の違いなわけで、
当時の日本人たちの勢いもまったく違っていたんだよなぁ。

そんなあの時代にタイムトラベルをして、過去を変え、
現代の不景気も変化させようというのが、
映画『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』だ。
すでに昨年の2月に公開され、昨日はテレビで放映されていた。
けっこうご覧になった方も多いのではないだろうか。



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■ とりあえずのあらすじ
2007年3月、800兆円の借金まみれで破綻しつつある日本経済。
財務官僚の下川路功(阿部寛)は、かつてのバブルを崩壊させたのは、
1990年に大蔵省の総量規制の行政指導と考え、タイムマシンで阻止しようとする。
洗濯機型タイムマシンを発明した昔の恋人田中真理子(薬師丸ひろ子)を
1990年3月に送り込むが消息を絶った。
下川路は彼女の娘・真弓(広末涼子)に会いタイムトラベルをして
1990年の東京に行かせ、彼女の母と日本経済を救うこと託す。


■ それなりにキャスト
下川路功 :阿部寛
田中真弓 :広末涼子
宮崎 薫 :吹石一恵
高橋裕子 : 伊藤裕子
田島圭一 :劇団ひとり
菅井拓郎 :小木茂光
玉 枝  :森口博子
芹沢良道 :伊武雅刀
田中真理子: 薬師丸ひろ子

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当時の風俗はもちろんのこと、飯島愛、飯島直子、八木亜希子、ラモス瑠偉らも、
1990年の頃のそのまんまのイメージで登場させたりしている。
ただ、ひたすらに懐かしい…。

全編通して、ホイチョイ・プロダクションズの作品らしい雰囲気が漂っていた。
今もとりあえず元気に生き抜いてきたホイチョイプロなわけで、
当然、このプロダクションの名を聞くと以下の作品がすぐ浮かんでくる。

『私をスキーに連れてって』(1987年)
『彼女が水着にきがえたら』(1989年)
『波の数だけ抱きしめて』 (1991年)

ちょうどバブルの頃の3部作だ。



今にして思えば、
この時期の日本人って、これらの映画にものの見事に乗せられた感じがする
特に、『私をスキーに連れてって』の影響力は大きかった。
主演の原田知世も若かったし、
三上博史のデビュー作でもある。
松任谷由実の曲「BLIZZARD」をバックに、
華麗に走るセリカGT-FOUR。
ロシニョールの板にPHENIXを着こなして、
真っ白なゲレンデをトレイン走行で滑走、
滑った後の上手いビール。ふと見上げればライトアップされたプリンスホテル。
「サーフ天国、スキー天国」の曲がぐるぐるリフレインしてしまう。
映画に関連してスキーも車もホテルの宿泊も、どんどん売れていく。


あーぁ、
知っての通り、日本人はブームにホントに弱い。
あまりにも繊細な民族なので、
ちょっと強めの風が吹くと、好き嫌い問わずにその方向になびいてしまう体質がある
このムーブメントを連続して生みだしたあの頃の若きホイチョイのメンバーは、
笑いが止まらなかったのではないだろうか。

一つの映画に、何社ものたくさんのスポンサーが関わって、
その圧倒的な宣伝力によって、日本中があっという間に巻き込まれていた。

怖ろしいことだと思う。




このホイチョイプロダクションのバックには
当然ながら、あの「電通」や「博報堂」などの広告代理店がしっかりサポートして、
タイアップの連鎖をつくっていた。それゆえ儲かってしょうがない時代だった。

まるで、日本中の流行の色合いを彼らが決めていたようなもんだった。
ほとんど一種のマインドコントロールみたいなものだ。
特に、夜の街での「電通」の羽振りの良さったらなかった。
映画『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』の中で、
広末涼子に「バブル最高!」と言わせているが、
これはホイチョイや電通にとって、
「バブル最高!」という意味に聞こえてきてしょうがない。

この時代の「電通」では、密かに「戦略十訓」を社を挙げて提唱していたという。
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■戦略十訓
・もっと使わせろ   ・捨てさせろ     ・無駄使いさせろ
・季節を忘れさせろ  ・贈り物をさせろ   ・組み合わせで買わせろ
・きっかけを投じろ  ・流行遅れにさせろ  ・気安く買わせろ
・混乱をつくり出せ

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まんまとやられた。
まさにこの通りに日本人は、踊らされてきている部分が大きい。
(この十訓は、今はやっていないそうだが)

おかげで、調子にのった日本人は中流意識のもとちょっと贅沢な旨みを知ってしまった。
現在の日本の信じられないような情けない出来事(偽装、癒着)は、
このバブル時代の「贅沢な旨み」の傘の下での甘い記憶に、
まだしがみついているから起きてしまうのだろう。



さて、
このホイチョイプロダクションの名品に
「カノッサの屈辱」(1990年~1991年フジ)という深夜枠でやっていた情報番組がある。
当時のさまざまな流行の変化を世界史や日本史の出来事になぞらえて、
仲谷昇が大学の授業風に説明していた番組だった。

2007年に「カノッサの屈辱2007 バブルへGO!! SP」が復活していたが、
相変わらず、絶好調だった。
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神聖ドコモ帝国 -(NTTドコモ)、Jフォランク王国 -(J-PHONE)
よしもトルコ王国 -(吉本興業)  大英U帝国 -(KDDI=au)
女帝ノリカテリーナ - (藤原紀香) バスコ=織田=ガマ - (織田裕二)
ジャンヌ=宇多田ルク - (宇多田ヒカル) ユキエリザベスI世 - (仲間由紀恵)
ヴァン=ベードーチン - (堂珍嘉邦) 皇帝ナポレ孫=正パルト - (孫正義)などなど

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今回は、伊武雅刀が仲谷のかわりに講義をしてくれていた。
(Yutubeで観ることが可能)
つい笑って観てしまうが、その分析能力たるやただ者ではない。
あれから17年たってもホイチョイのチームは、
時代を冷静に見つめている。

しかも彼らだけでなく、
電通も博報堂も、
今もなお現在進行形で、世の中を動かそうとしている。

これって、やっぱりけっこう怖ろしいことだと思う。




『未来講師めぐる』を観た。

「満腹になると周りの人の20年後を予見できるという、超能力を持った塾講師」
というなんとも妖しげな設定のドラマではある。
もちろん主演は、深田恭子、そして脚本は宮藤官九郎だったりする。
それにしても、
ここ最近のテレ朝の金曜ナイトドラマ枠(23:15 - 24:10)は、
制作サイドの妙な趣味指向がはっきりでてしまっている時間帯になっている。
最近までのこの深夜枠の作品タイトルは以下の通り。
-------------------------------------------------------------------

「特命係長・只野仁(3rdシーズン)」…高橋克典の肉体美と、深夜枠ならではのお色気
↓ 
「帰ってきた時効警察」… 笑いを誘う要素小ネタのオンパレードとオダギリジョー

「スシ王子!」…「お前なんか、握ってやる!」と堂本光一が叫んでいた。

「モップガール」…死者が残した念を体の特殊な異変で感じ取って、真相究明。
↓ 「トゥルーコール」のパクリのようなドラマ

「未来講師めぐる」…クドカンの無茶苦茶さと演技は下手でも可愛い深田恭子


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このラインアップだけでも、かなり妖しげである。
同じ深夜枠でも、
フジテレビは、「SP」のようにこの時間帯で「お試し」をして、
あわよくばその後に大ヒットを狙うというような傾向があるのだが、
テレ朝にはそんな野心めいたものが感じられない。

「しょせん深夜だし、気楽にB級映画路線のような企画でいいんじゃない」
という、さばさばした潔さを感じてしまう。
視聴率にしたって、せいぜい10%を越えればいいぐらいの
肩の力を抜いた取り組み方がけっこう功を奏していると思う。

今回の「未来講師めぐる」も制作サイドのお遊び感覚がバランス良く混入していて、
実にB級としての存在感のあるドラマになっている。
「大親切アカデミー(仮)」という進学塾に勤める英語講師吉田めぐる(深田恭子)は、
24歳の誕生日に、どういうわけか満腹になると
「周りの人の20年後が見えてしまうおかしな能力」が覚醒。
それからというもの、めぐるは満腹になると、
周囲の人間の未来を嫌でも知ってしまって、困惑したり、焦ったり、悩んだり…。

満腹になると、20年後の未来が見える」という変な発想は、実に宮藤官九郎らしい。

宮藤官九郎の描く脚本は、
いつもその発想の仕方が一見メチャクチャで途方もない。
思うままに気楽に破天荒なことをさらりと書いているようにも見えるが、
本当にそうなんだろうか。
もちろん、彼が才人であるのは言うまでもないのだが。

今回の「未来講師めぐる」の制作発表でのインタビューでも、

昔のドラマでよくあった“そんなバカな!”みたいな内容が大好きだったんで、
そういうお話を作りたかったんです
」と、

とりあえず奇想天外な展開を描く理由を気楽な感じで宮藤官九郎は語っていた。



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■映画のお仕事

GO(2001年、金城一紀原作) 2002年日本アカデミー賞最優秀脚本賞の受賞作品
ピンポン(2002年、松本大洋原作)
木更津キャッツアイ 日本シリーズ(2003年)
69 sixty nine(2004年、村上龍原作)
真夜中の弥次さん喜多さん(2005年)
木更津キャッツアイ ワールドシリーズ(2006年)
舞妓Haaaan!!!(2007年)


■テレビドラマのお仕事

池袋ウエストゲートパーク(2000年・2003年、TBS、石田衣良原作)
ロケット・ボーイ(2001年、フジテレビ)
木更津キャッツアイ(2002年、TBS)
ぼくの魔法使い(2003年、日本テレビ)
マンハッタンラブストーリー(2003年、TBS)
タイガー&ドラゴン(2005年、TBS) 第43回ギャラクシー賞大賞受賞

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これら主な作品の中には、宮藤官九郎自身が言っていた「“そんなバカな!”みたいな内容」が盛りだくさんに入れられている。

●祇園の舞妓と野球拳をしたいという夢を追い求めるために
 そこまで阿部サダヲはやってしまうのかという「舞妓Haaaan!!!」

●愛する留美子は抜群の記憶力を持つ中年男の田町と衝突し、時々いれかわってしまう。
 数々の困難を乗り越えるバカカップルに幸あれ!!という「ぼくの魔法使い」

「タイガー&ドラゴン」にしても、
 長瀬君の落語の世界(江戸時代)と現在進行形の物語が、バカバカしくもリンクする。
ヤクザが落語を真面目に追求するという発想がいい。

●はたまた、キャストの名前に以下のようなアルファベットがついていて、
 A 赤羽伸子(タクシー運転手) - 小泉今日子 B 別所秀樹(振付師) - 及川光博
 C 千倉真紀(脚本家) - 森下愛子      D 土井垣 智(声優) - 松尾スズキ
 E 江本しおり(アナウンサー) - 酒井若菜  F 船越英一郎(俳優) - 船越英一郎
 G 蒲生 忍(マンハッタンのアルバイト) - 塚本高史
 Aから始まる恋愛相関図が複雑に絡み合う「マンハッタンラブストーリー」



よくまぁ次から次へと、奇想天外な発想で脚本を作ってきたものだ。
感心してしまう。

やっぱりかつて所属していた松尾スズキ主宰の劇団「大人計画」がいけなかったのかなぁ。
そのおかげというのか、
舞台出身ならではの「人物描写」と「ギャグ」が磨き上げられていて、
オリジナリティ溢れる作品になっている。
どの作品にも共通する点をしいて言うならば、
「芝居の展開されている時点」と
「まったく別の次元の場面」をリンクさせたり、オーバーラップさせるのは好きなのでしょう。
「なるべく別な物どうしの組み合わせ」っていうやつを常にねらってきている感じはある。

ただ、
個人的に思うには宮藤官九郎さんの本当の持ち味は
発想の奇想天外な派手さもさることながら、
本当は地味な根気のいる「緻密さ」なのではないだろうか。
これまでの作品から類推するに、
彼はとりあえずなるべくバカみたいな無謀な設定を
シナリオを作る最初の段階でするんだろうとは思う。

でも、
その奇想天外な設定とは裏腹に、物語の展開の中に、
どのようにして細かいギャグを伏線として入れ込むかという
しんどくてめんどうな作業を発想した直後からずーっと粘り強く行っているに違いない。

今回の「未来講師めぐる」にしても、よくよく観ると、
小ネタのギャグを完全に連携するように書いていることが分かる。

宮藤官九郎が言う「“そんなバカな!”みたいな内容」をドラマ上に実現するためには、
吐きそうになるぐらいの構成作りの苦しみを味わっているはずである。
その辛抱強さが並外れているのではないかと思う。
宮藤官九郎は、きっと才人だが、
それ以上に延々と続く産みの苦しみに耐えられる努力家なのだ。



というわけで、
そんな苦痛な努力の上にふんわりと乗っかっているのが
深田恭子様ということになる。
「南くんの恋人」→「富豪刑事」→「幸せになりたい!」→「山おんな壁おんな」
と出演が続いてきているが、どれも同じ演技で見事に変わらない。

現在、25才の深田恭子。

いまいち数字もとれないことでも有名ではあるが、
とりあえずはいつものままで「クドカンワールド」を
体験していていいのではないだろうか。

父親役の船越英一郎や
めぐると同じく満腹になると未来が見える祖父役の地井武男たちが
脇を固めていることだし、
このドラマの本来の主役は、
20年後の未来を見られてしまった人間たち」なのだから。

ちなみに、今回の最後の場面で、
おじいちゃんである地井武男が、
めぐるに勧めた「@マークを20回入れて未来にメールを送る」という小ネタも、
非常に気が利いている。

次回もクドカンワールドの緻密な奇想天外さを楽しみにしたい。







 テレビ朝日「交渉人」(http://www.tv-asahi.co.jp/koshonin/)より

テレビ朝日が、
フジテレビ系の「踊る大捜査線」・「SP」に勝負を挑む「交渉人」がスタートした。
かなり気合いが入っている感じで、がんばってはいるのだが、ちょっとなぁ…、
個人的には、心配な仕上がりではあった。

捜査一課特殊犯捜査係・SITに配属になった宇佐木玲子(米倉涼子)の前に、
人質をとっての篭城事件が発生。しかし、犯人は射殺される。

画面全体にあえて深い緑をライティングして緊迫感を出したり、
査問される部屋の陰影など、画像の色彩に凝っているのはいいとしても、
交渉にあたる宇佐木のバックに流れる曲や他の場面での音のセンスが古い感じがする。

とりあえず、
この少年課から捜査一課特殊犯捜査係・SITに
配属された主人公宇佐木玲子(米倉涼子)。
最初の事件として、
彼女の交渉人としての実力をそれなりに示してくれるマニュアル。

マニュアル① 怒りの段階 ――
犯人の包囲網をいかに築きあげるか。
包囲網は出来るだけ狭め、犯人が動き回れぬようにする。
移動場所を広く与えると犯人の精神的高揚が収まらず、次の段階に進みづらくなる」

マニュアル② 要求段階 ――
犯人の緊張状態が過ぎると、何らかの要求をしてくる。
犯人像の分析は具体的にはここから開始される事になる」

マニュアル③ 交渉段階 ――
犯人との会話を繋げる事を最優先する。会話の中から犯人の心理状態を読む」

スタートの15分、事件とキュラクター紹介の一環として、
このマニュアルが、
宇佐木(米倉涼子)の声で語られていたのはもっともらしくて良かった。




※ちなみに、彼女の所属する「SIT」について、
本当は当初、単純に「Sousa Ikka Tokusyuhan(捜査一課特殊犯)」の略称だったのだが、
アメリカ帰りの管理官が、英語で「Special Investigation Team」(特殊捜査班)
と勘違いして逆にそれが一般化したという。

さて、それはともかく、
日本の漫画界で唯一の「マンガのプロデューサー」と言われている人物がいる。
長崎尚志というお方だ。

この長崎尚志は、かつてビッグコミックスピリッツの編集長であり、
浦沢直樹のデビュー時から担当となっていた。
彼とともに、マンガのストーリーを一緒になって考えることで、
浦沢直樹を売れる作家に育てたことでも有名な人である。

その長崎がNHKの番組『プロフェッショナル』で取り上げられた際、
「マンガが売れるようにするためにはどうしたらいいか?」という問いに、
2つの条件をあげている。

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①題材や人物の設定については、「わかりにくいものを選び、わかりやすく紹介する」

②ストーリー展開は、「読者の予想を裏切りながら、安心させる」

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これって、
テレビドラマでも映画においても、
この2つの条件は物語作りにおいて非常に意味のある重要な要素だと思う。

視聴者の知的水準がかなりあがってきているので、
なるべくわかりにくい素材、職業、人物、何かの現象を設定し、
その知的好奇心をくすぐる。

物語の展開にしても、なるべく視聴者の予定調和的な予想を裏切りながらも、
しかし、視聴者の願いに応えるような落としどころを見つける。

今回はドラマ「交渉人」での「Negotiator」というのは、
まだ社会的にはよく知られていない題材ではある。
かつての作品としては
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「交渉人」(原題:The Negotiator)映画、ワーナー・ブラザース作品。
「交渉人 真下正義」 ユースケ・サンタマリア主演
「犯罪交渉人ゆり子」 市原悦子主演
「交渉人」 三上博史主演
「交渉人」 椎名桔平主演


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と、いくつかあるものの、「Negotiation(交渉)」というのは素材として興味深い。
それに、最近は「交渉学」、「交渉術」などと世の中には書籍やレッスンコースも
かなり増えてきている。

交渉学とは、突き詰めて言うと、
「問題解決のためのスキル」であるという。

クレーマーのお客に対応する時、
誰かをデートに誘う時、
商品を販売しようとする時、
人間関係で悩む時、
などなど、人間と人間が複数存在している場所には「交渉する」瞬間が訪れるわけだ。

「交渉」にまつわる技術があると、
相手の「ノー」を「イエス」に変えることができるかもしれない。

「交渉人」のストーリーが展開するにつれて、
「交渉術」のもつ醍醐味などが表現されると、
視聴者の興味はそれなりにひけるかとは思う。



とは言うものの、
「わかりにくいものを選び、わかりやすく紹介する」
「読者の予想を裏切りながら、安心させる」
確かにこれは大事なことなんだが…。

今回の「交渉人」を観ていると、
売れるドラマに必要な要素や条件というのは、
まださらにあるのではないかと思わされてしまう。

宇佐木こと米倉涼子は、
それなりに格好よく表現されている。
心配なのは「米倉涼子」という女優はかなり現実ばなれした存在感がある。

事件のシーンでの米倉はいいとして、
日常生活を描く際での米倉涼子はいまいちフィットしないし、重たい。

これも勝手な自分の考えではあるけれども、
売れるドラマに必要な条件として大事なことのひとつに、
視聴者にとって「共感できる要素」がどれだけ含まれていることなのではないかと思う。

テレ朝が対抗している「踊る大捜査線」ならば、
「立場の弱い人間たちが、必死に立ち上がる」という系統の要素を含めて成功している。

例えば、
降りしきる雨の中、
捜査員が被疑者の痕跡を求めて、必死の活動をしている。
どんなに疲労困憊であっても、
地面に落ちているはずの証拠物件を必死に探そうとする名もない警官たち。
どんなに非難されようと、
どんなに打ちのめされようと、
仲間のために、仕事を続ける者たち。

そんなシーンに
音効担当の松本晃彦さんの曲がはまって、共感を呼び、
さらに感動的になるという構図が出現していた。

やっぱり「共感を呼ぶ場面」の作り方が問題なんだと思う。

昨日、ヒラリークリントンが「女の涙」を見せたことによって、
米次期大統領選のニューハンプシャー州予備選を制し、
オバマ上院議員に逆転勝利したのも、
いわば「共感を呼ぶ場面」の爆発的な力のなせるわざといえるのだろう。

第1話で、米倉涼子のシャワーシーンを入れたり、
次の第2話では下着姿にさせるのは小技であり、
底の浅い数字稼ぎにすぎないので、それだけに終始しないことを願う。





どうして飯田譲治は、
『あしたの、喜多善男~世界一不運な男の、奇跡の11日間~』の
脚本を書く気になったのだろう?

もともとの原作は、島田雅彦の『自由死刑』(集英社文庫)
この小説は、島田雅彦の作品の中ではけっこう面白いと思うが、
そのストーリーや表現がわかりにくい部分も多く、
また、人物設定などについてはテレビでは差し障りのある面もあって、
テレビドラマ化に際しては大幅な変更が必要な小説なのだと思う。
その分、脚本家飯田譲治の腕の見せ所にもなるのだと思うが…。



かつての飯田譲治と言えば、
あの 『NIGHT HEAD』のイメージが鮮烈だった。
SFっぽい超能力が小道具として使われていたものの、
そんなことより人間の心理の不気味さや
都会のもつ理由もない怖さみたいなものが独特な感覚で描かれていた。
超能力兄弟、霧原直人役の豊川悦司も
霧原直也役の武田真治も、やたらと初々しく怯えながら逃避行を続けていた。



さらにその後に制作された『ギフト』も、予測しにくい結末を用意している脚本で、
「木村拓哉の記憶はいつ回復するのか?そして…結末は…」などと、
やっぱり才能の片鱗と強烈な何かを感じさせる作品でもあった。

どの脚本の中にも、「若くて野心いっぱいのギラギラした熱」みたいなものが渦巻いていた。




それがなぜ飯田譲治は、『自由死刑』をネタに脚本を書く心境になったのだろう?

しつこいだろうが、気になる。
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■ とりあえずの今回のあらすじ

さえないが善良が服を着たような、人を信じやすく騙されやすい平凡な男、
喜多善男(小日向文世)は、
無二の友人だった三波貴男(今井雅之)の命日の墓参りのあと、
11日後に、自分も死のうと決意する。

偶然出会ったキャバクラのスカウトマン矢代平太(松田龍平)は、
気が弱く小市民的な善男とは対照的に、大雑把で見るからに悪そうな奴だった。
だが、矢代平太は死を決意している善男に興味をもって、
どういうわけか何かと面倒を見ようとする。
キャバクラ嬢のお姉ちゃんたちや恋人のリカ(栗山千明)にも会わせてみたりもする。
そんな平太から
「死ぬまでにやっておきたいことはないのかい」と聞かれ、
善男は11年前に結婚し
あっという間に離婚した元妻みずほ(小西真奈美)に会いたいことや、
かつて会ったことのあるアイドル宵町しのぶ(吉高由里子)と話してみたいと語る。

死ぬまでの11日間を喜びに満ちたものしたいと願う喜多善男だが、
その日からこれまでの彼のキャラクターにはそぐわないような人や
事件に遭遇し続けてしまい、喜多善男の運命の歯車は大きく狂い始め、
妙に刺激的なものに変化していく…。

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原作の方向性を踏襲するなら、
やがて、矢代平太は喜多善男を保険に入れたり、
さらには、殺し屋を雇って善男を殺害しようと考えたりするというのも、
またこれから先のお話だし、飯田さんがどう話を変化させるのかも楽しみだ。

とにかく「自ら進んで、死に向かう男」の物語、
それが『あしたの、喜多善男』である。

小日向文世さんの初主演ではあるが、
まさにこの「死に向かう男」の役柄にぴったり。
はまり役です。ホントにちょうどいい。
(ホントはちなみに原作では30代後半の主人公であったりもするが)

そういえば、最近、なんだかよくわからないけれども、
「死に向かう男」的な設定の物語をよく目にする。
2006年~2007年の映画やドラマなどの作品を振り返ってみても、
シンクロニシティ(共時性)というほど大げさでもないが、
この種のタイプ(死に向かうか、記憶を失うか、人生を振り返るか)
の作品が続いて発表されている。



2006年 『明日の記憶』(アルツハイマー病に犯され、記憶の死に直面する)
2006年 『椿山課長の七日間』
2007年 『Life 天国で君に逢えたら』
2007年 『象の背中』
2007年 『転々』※ちょっと設定に無理はあるがこれも似ている。
2008年 『あしたの、喜多善男〜世界一不運な男の、奇跡の11日間〜』


どうしてなんだろう?

これらの作品制作の中心になっている監督もしくは、
脚本家たちの年齢を書いてみると、
こんな感じになる。



『明日の記憶』→→→→→→→堤 幸彦(51才)監督※制作当時
                    渡辺 謙(47才)主演※制作当時
『椿山課長の七日間』→→→→浅田次郎(51才)原作※原作小説発表当時
『Life 天国で君に逢えたら』→→新城毅彦(46才)監督
『象の背中』→→→→→→→→秋元 康(52才)脚本
『転々』→→→→→→→→→→三木 聡(47才)監督
『あしたの、喜多善男』→→→→飯田譲治(49才)脚本
                    島田雅彦(47才)原作

ということで、彼らの平均年齢を出すと、だいたい49才。
こういうことを考えたくなるお年頃なのかもしれない。
主演の小日向文世さんにしても53才、ちょうどこのゾーンにあてはまる。

結局、
高度経済成長でがむしゃらに働き、
バブルではじけ、その後リストラされたり、定年をむかえていく団塊の世代の背中を
見ながら、やや距離を置いてその後ろを生きてきた男たちが、
今、無意識のうちにも自分たちの生き方を自問自答し始めているように思えてならない。

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■ とりあえずのキャスト

喜多善男 :小日向文世
矢代平太 :松田龍平
鷲巣みずほ:小西真奈美
長谷川リカ:栗山千明
宵町しのぶ:吉高由里子
江端達夫 :岩松 了
三波貴男 :今井雅之
森脇大輔 :要 潤
杉本マサル:生瀬勝久

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すでにこのキャストを見るだけでも、
原作と比較して、大幅な書きかえ作業が行われていることも分かる。
例えば、元妻の鷲巣みずほ(小西真奈美)のキャラクターや
それに付随する森脇や杉本などは、飯田さんによる新たな創造となるので、
もはや結末ふくめて、原作とは違うことが表現されるのはまちがいない。



矢代平太に扮する松田龍平も、25才、年齢より老けた感じで頼もしくなったものだ。
弟の翔太よりも松田優作似ではないだろうか。
やる気のないアイドル宵町しのぶ役の吉高由里子もそれなりに魅力的だ。
また、長谷川リカ(栗山千明)の役柄もどんな意味合いになるのだろう。
キャストの一覧を見ていると、
飯田さんがいったい何を考えているのかと、
勝手に想像してしまっている自分に気がついてしまう。

さて、
昔、北海道の富良野にある倉本聰さんのご自宅を訪ねてというか押しかけて、
脚本の話を聞きに行ったことがあった。

ログハウスの素敵な居間で、倉本さんは、タバコをくゆらしながら、

ドラマや映画の内容というのはねぇ、2行で言えなくてはならない。
しかもね、その2行が魅力的なものでなければ、企画は通らないんだねぇ


と言っていた。
2行と言ってもどれだけの分量かはわからないが…。

ともかく今回の飯田譲治の『あしたの、喜多善男』を2行で言うなら、

人知れず人生の幕を閉じようとした男が、思ってもみない大事件に巻き込まれ、
再生してゆくまでの11日間を描くヒューマンサスペンスドラマ

ということでしょうか。

これは魅力的なのだろうか?

すくなくとも、40代後半から50代前半にかけて、
いや若くても自分の人生を振り返って考えようとする人間にとっては、
ちょっと刺激になるのではないだろうか。

視聴者の予想を裏切るような飯田譲治さんの脚本技術に期待したい。 

と、書いていたら、
また、雪が降ってきました。
静かに、静かに雪が降り積もっていくようです。





時は幕末。
この国に住むすべての階層の人間たちが、
国の将来を語り、この国の未来を夢見、
ある者は、現実の逆境の中から抜けだそうとし、
ある者は、天から与えられた自らの才能を信じ、
とにもかくにも、力いっぱい天下国家を論じることを許された時代。
見上げれば空、
青空、
今と変わらぬその空の向こうに、
この時、この国の彼らが見たものは何か…。

「幕末から維新にかけての時代は、
日本という国家にとっての青春時代だったのではないか」と
小説家司馬遼太郎は語っていた。
竜馬にしても高杉晋作にしても、活躍した英雄たちのそのほとんどは、
みーんなティーンエイジから活躍しだして、20代後半か30才そこそこで死んでいる。
新しい西洋の事物に無邪気に驚き、
旧態然とした幕藩体制に閉塞感を感じて、
男たちのエネルギーが爆発したあの頃。

いいですね。

NHK『篤姫』をついつい観てしまった。
本当はあんまり期待していなかったのだが、非常に内容が良かった。
オープニングからして、音効担当の吉俣良さん(ついに大河ドラマからもオファーが来たということで喜ばしい)による弦楽重視のメインテーマもいい。

もちろん、
宮崎あおいを全面に打ち出した映像もなんというか
フェミニンなものをコンセプトにしているようで、美しかった。



原作は、あの宮尾登美子の「天璋院篤姫」
江戸幕府13代将軍徳川家定の正室であり、その後大奥を預かった篤姫を描いた小説。
あんまりメジャーではないうえに、残念ながら小説としては文体も固く面白くない。
NHK制作サイドもよくぞこの原作をチョイスしたものだ。

確かに、
増税と借金にあえぐ地方の代表例としての薩摩と
都会である江戸との格差なんかは、
現代の状況と類似しているし、
「女性の品格」などでも言われているような女性の生き方というテーマをかぶせつつ、
コンテンポラリーな感じで意味はある。
とにかく原作選びの段階から、NHKサイドもそれなりの苦労の跡が感じられる。

そんなやりにくそうな原作である上に、
この篤姫さんは、
これまでの歴史上では、そうとうマイナーな人だし、
諸説によってはせいぜいあの和宮をいじめた人物程度の認識しか与えられていない。
実際の白黒写真のお顔などを見ても、かなり意志の強い表情で写っていらっしゃる。

最近だと『大奥』(菅野美穂が主演した時の)で、
その名前が知られたぐらいなのではないだろうか。
『大奥』で、瀧山(浅野ゆう子)と熾烈な対立をしながら、
新しい女性の生き方を模索する人としての天璋院篤姫(菅野美穂)が描かれていた。
このバトルは凄まじいものがあった。
やはりフジテレビは企画力は強いのだ。



「『篤姫』は薩摩・島津家の分家に生まれながら第13代将軍・徳川家定の正室となり、
幕末の激動の時代を生きた「篤姫」の生涯を辿る。
第1回の放送は於一(篤姫の幼名)の誕生から、
薩摩藩を揺るがした島津家のお家騒動前までが描かれる。」

という事前のNHK側のPR通り、
第1話「天命の子」は、映像も美しく、テンポもよい状態で仕上がっていた。

チーフ・プロデューサーの佐野元彦さんによると
「ホームドラマ的要素を強め、
夫婦や家庭での日常、さらに篤姫が自分にとっての家族(大奥の女性達)を
最後まで守り抜き、その中で一途に平和を願い続ける姿を深く描いていきたい。」
というような制作発表での説明もあったが、

今回の第1話の中に、
すでにそんな篤姫の方向性が凝縮して描かれていたようにも思う。
島津家に生まれ、徳川家定に嫁ぎ、
彼が死んだ後は大奥を取り仕切り、
そして江戸城無血開城へと物語は展開していく長いドラマとして、
そこに向かうさまざまなプロットもちりばめられていた。
薩摩藩の現状、
島津家の状態、
於一の父や母の想い、
また於一そのもの性格設定などが、
上手に表現されていた。
しかも品良く。



母である樋口可南子と子役の於一との「人の役割とは」というくだりも良かった。
この場面は、篤姫の今後と長い長い物語のスタートを切るベクトルの一つではあるが、
とても効果的だった。

念のため、宮尾登美子の原作「天璋院篤姫」には、このような場面はない。
NHK「篤姫」のほとんどのストーリー展開は、原作はあったとしても、
脚本を担当している田渕久美子さんのオリジナルと考えてよい。


この田渕久美子さんの脚本で、
すでに優れている部分は、
篤姫と並んで
原作にはない小松帯刀(瑛太)を物語の軸に一本さしこんでいることだと思う。
「篤姫」は、原作をもとにしてそのまま描くと
せいぜい良くてもフジ系列の「大奥」程度になってしまう。
物語の幅が、大奥のいざこざに終始しては大河ドラマの良さも薄れる。
しかし、小松帯刀という存在の導入によってそれを回避し、
逆に、西郷、大久保らの幕末の志士とのからみも描きやすくなるようにした所が
いいアイディアだし素晴らしい。



しかも、
肝付尚五郎(やがて小松帯刀)を頼りなさそうな人物として表現していることも
高いシナリオ技術のあらわれだろう。
脚本家田渕久美子の実力を感じる。
小松帯刀に扮する瑛太さん本人の話によると、
リハに入るまでに資料を読み込み役作りに励んでいたのだという。
ただ、この小松帯刀というのが、
本来歴史上では有能な人物(西郷や大久保らに指示を出し、
薩摩藩を支えた統率力のある人)だったのに、
それほどスポットライトが当たっていないということで大変苦労したらしい。
そんな訳で、きりっとした二枚目で演技しようとしたら、
演出からいきなり三枚目的なイメージを求められたので、
今回のややぼーっとした頼りなげな演技になっているという。

ようするに、小松(瑛太)は篤姫を引き立てるため、
ダメ男に見えるけれども器のデカイ男」という
意図的な描き方をしているということだ。

島津斉彬からさずかったふたりの赤子への「お守り」という小道具も、
原作にはない脚本家田渕さんの細かな配慮が利いている。

また、キャストもとにかく豪華なのには驚くかぎりだ。
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篤姫:宮あおい      島津忠剛:長塚京三    お幸:樋口可南子
島津忠敬:岡田義徳     菊本:佐々木すみ江    島津斉彬:高橋英樹
島津斉興:長門裕之     お由羅:涼風真世     英姫:余貴美子
小松帯刀:瑛太       肝付兼善:榎木孝明    調所広郷:平幹二朗
小松清猷:沢村一樹     お近:ともさかりえ    西郷隆盛:小澤征悦
大久保利通:原田泰造    有馬新七:的場浩司    フク:真野響子
大久保利世:大和田伸也   幾島:松坂慶子      小の島:佐藤藍子
広川:板谷由夏       高山:左時枝       徳川家定:堺雅人
徳川家慶:斉木しげる    徳川家茂:松田翔太    滝山:稲森いずみ
お志賀:鶴田真由      本寿院:高畑淳子     歌橋:岩井友見
阿部正弘:草刈正雄     徳川斉昭:江守徹     堀田正睦:辰巳琢郎
井伊直弼:中村梅雀     勝海舟:北大路欣也    孝明天皇:東儀秀樹
和宮:堀北真希       観行院:若村麻由美   近衛忠熙:春風亭小朝
庭田嗣子:中村メイコ    坂本龍馬:玉木宏     お龍:市川実日子
松平慶永:矢島健一     伊達宗城:森田順平    ジョン万次郎:勝地涼

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民放で、
これだけのメンバーを集めたらギャラがどれだけかかるか想像するだに怖ろしい。
営業で、強力なスポンサーを何社もかき集めてこなければならないわけで、
低料金でこれだけの人材を集めることが可能なNHK大河の真骨頂という所だ。

さらに、
通常の大河ドラマなら、主人公の幼少期を数回に分けて表現していたが、
今回は、
篤姫の幼少期であった「於一時代」を
子役の永井穂花ちゃん、岩本千波ちゃんらの二人でバトンパスして、
後半にはもう男装の宮あおいが登場してきたのにも驚いた。
しかもそれは不自然でもなく表現されていたのが素晴らしい。

加えて、以下のNHKから発表されているスタッフの陣容を見ていただきたい。
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原作:宮尾登美子(『天璋院篤姫』) 脚本:田渕久美子
音楽:吉俣良           時代考証:原口泉、大石学 建築考証:平井聖
衣装考証:小泉清子      武術指導:林邦史朗   所作指導:西川箕乃助
邦楽指導:本條秀太郎      香道指導:三條西尭水  囲碁指導:梅沢由香里
薩摩ことば指導:西田聖志郎
語り:奈良岡朋子
制作統括:佐野元彦   演出:佐藤峰世

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時代考証など民放に比較して充実している上に、
「薩摩ことば指導」というのも面白い。
知っての通り、
薩摩弁は、江戸幕府の大目付らの探索を回避するための
一種の暗号として生まれた方言で、実に難しい。
(ちなみに、薩摩弁はその難しさゆえに
太平洋戦争の日本軍の暗号のベースとしても採用されたぐらいだ)

香道指導は、ともさかりえ演じる「お近様」用としても大事なのだろう。



もっとも興味深いのは、囲碁指導の梅沢由香里さんの存在である。
第1回でも、篤姫(宮崎あおい)と肝付尚五郎(瑛太)が囲碁をしていた。
こういうシーンというのもけっこう珍しいのではないかと思う。
前述の「お守り」の話題のあとで、碁をしつつ、
「囲碁がお下手なんですね」などと篤姫が言ったりしている。
篤姫と尚五郎のタイプの差を意図的に表現したシーンだった。

碁をする方ならすぐお分かりだと思うが、
瑛太さんがまず囲碁盤の中央に黒石を置いたりしているけれども、
通常こんな天元(中央)からは打たない。
すでに一手目からあえて下手だとわかるように、
「ヒカルの碁」の監修をしたプロ棋士の梅沢由香里が指導しているのだろうと思う。

やがて、この囲碁盤を挟みながら、
このふたりはかなり重要なセリフを言い合うことがこの先にもあると予想される。
細かいけれども囲碁盤にもその意味合いをきっと表現するはずであり、楽しみだ。


第1回「天命の子」では、阿蘇山を背景とした青空が美しかった。
幕末の志士たちの夢と
篤姫の未来が
シンボリックに表現されていたように感じる。
おまけに
ナレーションの達人、奈良岡朋子さんの語りをお久しぶりという感じで聞けるのも嬉しい。

また、ひとつ日曜日の楽しみが増えたと思う。





筋金入りの酔っぱらいという人がどうやら世の中にはいるらしい。

田舎の山や川で遊ぶ野生児だった彼女は、
なぜかしら小学生の頃から酔っぱらいのオヤジたちに囲まれて、
家庭で、酒に親しんでいた。

二日酔いで「もうお酒なんて飲まないよ!」と
まるで中年のおっさんのように山に誓ったりしていたなんてなことは、
ランドセルを背負った小学生の時代からすでにスタートしている。

怖ろしい。

小中高とアルコールの神は傍らで微笑み、

彼女の酔っぱらいとしての武勇伝は、
大人になるとさらに大輪の花を咲かすことになる。
一升などは軽く飲み、泥酔の中、何をやったのかは翌日あんまり覚えていない。
飲んだ翌日には、
知らない人間たちが自分の部屋に寝ていたり、
知らないうちに持ってきた「大売り出し」の旗竿に驚いたり…。
血尿、肝炎なんのその
気がつけば膨大な量の飲み屋の領収書に蒼ざめる…。

そして、さらに気がつけば
『平成よっぱらい研究所』などというマンガも描いている。

彼女の名は、二ノ宮知子、
筋金入りの酔っぱらいであり、『のだめカンタービレ』の作者でもある。




思うに、
酔っぱらいという存在は、
よく言えば
常に自分の心の無意識層とアルコールを通じて対話しようとしている人」なのではないか。
ただ、
たいていの場合、最終的には飲み過ぎて、
どう対話したかどうかも記憶に残らなくなってしまうのが残念なのだが…。

さて、『のだめカンタービレ』第2夜をありがたく観させてもらった。

幸せなことだ。

これも、もとはといえば、
あの酔っぱらいの頭脳から生まれてきたのだから、
人間というのはつくづく不思議な生き物ではある。



第1夜では、初めての国際指揮コンクールに挑戦する千秋の姿を、

そして第2夜では、
指揮者として着実に歩みを進めていく千秋と自らを比べて焦りを感じながらも、
伯爵家の元貴族に演奏者として招かれ、自分なりの活路を見いだして行く
のだめの様子を中心に描かれていた。

若松プロデューサーと武内監督、
そして70名以上にものぼる制作スタッフとキャストの努力の結晶だった。

レギュラーシリーズよりも磨きのかかったクラシックとギャクの融合を
楽しみにしていてください
」と
事前に語っていた若松プロデューサーの言葉どおりの作品となった。

フジテレビドラマ制作センターの歴史に残る傑作だと思う。

さて、
昨日のブログで、『のだめカンタービレ』の第1主題は、

「千秋真一」に代表されるような優秀で真面目かつやや頑固で狭い生き方をしている存在

「野田恵」のようになんらかのことで見た目は悪いが、一種天才肌で、純粋で打算のない個性
との対比にある

という当たり前のようなことをいかにももっともらしく書いてしまった。
恥ずかしいが、それでも、
二ノ宮さんの作品には、やっぱり
常にこの『対比的なキャラクターがおりなすことによる物語の発展という構造』が
存在している。

ドラマ制作スタッフもこのあたりの意味合いを深く理解して、
明確で美しくコミカルな表現とその編集をしているのだと思う。

大したものだ。



だが、『のだめカンタービレ』の主題は、「対比構造」だけでなくもう一つある。

それは、
「二ノ宮知子」という女性としての生き方とその不安の中にもう一つの主題が隠されている。

思い返せば、この『のだめカンタービレ』のきっかけは、

一升瓶が転がっている散らかった部屋で、
音大生の女の子がグランドピアノを弾いているという、
リアルのだめ(当時、音大生)の一枚の写真からだった。

美しい森に月の光がさしこむ先にピアノが置かれていれば、
一色まことの『ピアノの森』になり、
ゴミためのような部屋にピアノが置かれてあれば、
二ノ宮知子の『のだめカンタービレ』になったというわけだ。

※ちなみにこのリアルのだめの写真とコメントは「 Kiss on line:インタビュー」
(http://www.kisscomic.com/interview/0211_ninomiya_tomoko/index.html#top)
で見ることができる。

ただ、これもそんなに単純なことではなくて、
その汚い部屋とピアノとリアルのだめの様子が、
二ノ宮さんの生活に似通ったものがあったからだろう。



二ノ宮さんの作品全編を通して、
先ほどの「対比構造」を見ることができるのだけれども、

もう一つは、
のだめのような女の子は、成長できるのか?そして、愛されるのか?」という問いかけが、
いつもいつも描かれている。

二ノ宮さんの描くコメディータッチの表現は、非常に面白い。

でも、その背景にあるのが、二ノ宮さん本人のコンプレックスであり、
心の中の底知れぬ不安だったりするのだと思う。
それを思うとちょっと切ない。
彼女の作品に出てくる主人公の女性は、
当然ながら二ノ宮さんの一部が投影されたものだ。

そのそれぞれの中に,
二ノ宮さん本人が密かに滑り込み、
「こんな酔っぱらいでずぼらな私だけど、わたしは成長できるの?」とか、
「わたしも良い面はあるとは思うんだけど、彼から愛してもらえるのだろうか?」
という問いに対して、
ある一定のシチュエーションを作り、
その中でシミュレーションし続けてきてるような気がしてならないのだ。

それは女性として、誰しもが感じるテーマであり、
自分のだらしなさやダメさ加減をさらにいっぱい強調して描くことによって、
なおさらこの主題を問いかけているようにも思う。

第2夜の放送の中で、オクレール先生とのだめのピアノに対する会話がとても良い。

あのかつてハリセンとともに完成させた「もじゃもじゃ組曲」をオクレール先生が弾き、
のだめが、ここは強く、ここは楽しげになどと注文しながら、
やがて、モーツアルトの楽譜に対しても、
同じように書かれていない思いと対話するという意味にのだめが気がつく。


千秋との関係もフランスでの留学についても行き詰まっていたのだめが
復活のための切符を手にするというべき瞬間が良く描かれていた。



それは、二ノ宮さんなりの自分自身に対する答えの部分のひとつなのだろう。
まっ、二ノ宮さんの場合は、そうは分かっていてもまた酒を飲む。
へべれけになった翌日に、
再び、後悔まじりに、
「わたしは成長できるの?」・「わたしは愛されるの?」
と自問自答を繰り返してしまうのではないだろうか。
この彼女の第2主題というべき問いはこの先も続いてなされるのだろう。
二ノ宮さんは、酔っぱらいだけど、実に真面目な人なのだ。

第2夜については、
あの場面は良かった、
この部分が面白かったなどなど、
『のだめカンタービレ』を観たそれぞれの人が楽しそうに感想を言うと思うので、
これについてはあえて書かない。

ただ、二ノ宮知子さんはずっと表現し続けている「わたしは成長できるの?」とか
「わたしは愛されるの?」についての答えは、
どちらも「イエス」だ。

なぜなら、
今日の放送を自分のことのように観ていた女性はきっといろんな人から愛されているし、
のだめを応援しながら観ていたその心そのものが、
まさに自分を成長させる糧になっているはずだからだ。

まして、それを生み出した作者なら、いわんやおや(大学入試以来ひさびさに使った)である。

切なくて素敵な夜だった。

最後に、フジテレビドラマ制作スタッフの皆さんにあらためて感謝ですね。




それこそもうずいぶん前から楽しみしていた
「のだめカンタービレ新春スペシャル IN ヨーロッパ」を
観ることができた。
待ちきれないので、コミック版「のだめカンタービレ」を読み返し、
これまで何度も観てきたはずなのに、
再び、昨日までやっていた再放送も結局やっぱり観てしまった。

それでも、間が持たないので
二ノ宮知子の他のマンガまで全部読み返したりもしてしまった。
こういう人って、けっこう多いのではないかと思う。

で、いやー、お見事!満足です。

今、他のドラマでも他局を圧倒して、
非常に乗りに乗っているフジテレビドラマ制作センターの実力が
はっきりでたという感じだ。

ホントに素晴らしい。



それに、こののだめについてのブログも2夜目の作品も観てから書こうと思っていたのに、
つい書きたくなってしまった。

それぐらい、これまでの制作スタッフの苦労がよく伝わってくる作品に仕上がっていた。
ついさっきまで、きっと編集作業をしていたことだろうし、
明日の分だってまだ編集を続けているはずにちがいない。

そういう意味でも感謝をこめて書きたいと思う。

知っての通り視聴者などという生き物は楽なもんで、
長い時間かかって、
一生懸命に作ってくれた料理を一瞬のうちに食べて終えて、
「おかわり下さい。」ニコッってな感じになってしまう。

これでは、いけない。
ちょっとでもいいから反芻しながら、その味を思い返した方がいいと思うのだ。



それにしても、よくあのコミックを調理してくれたもんだ。
2ヶ月に渡るフランスロケの成果がしっかりとあらわれていたし、
細部にまでこだわり抜いた小ネタ・小技のシーンも気が利いている。

プリごろ太でフランス語をマスターするのだめのシーンも観ることができた。
『Prilin et Gorota PRIGOROTA』を見て、
フランス語の習得のシーンという小ネタ。
のだめは、プリごろ太のセリフを丸暗記していたため、
この作品のフランス語吹き替え版によって、フランス語を理解してしまうという、
まことにオタクっぽい無茶な部分なのだが、
のだめが指先から通電しながら食い入るようにビデオを観ている図がとにかく良かった。
(のだめの映像は、
よく見るといろんな所に遊び心を残したものになっているので、
今回の作品も録画したものを見直すといろんな発見がまだあるはずだ。)

ちなみに、
知り合いの香港系カナダ人K君もまさにオタク外国人で、
実際、「少年ジャンプ」と「日本製アニメビデオ(ドラゴンボールやワンピースなど)を
食い入るように見聞きすることで、日本語を短期間で完璧に習得してきているので、
怖ろしい。

ついでに、カナダでは教育的配慮のもとさまざまな規制があって、
爆発や流血シーンやHな場面は、
カットされたり絵柄を変更されたりしてしまうのだという。
「真実のノーカットの日本製アニメを知りたい!」
という思いを巨大なパワーとして、
彼ははるばる海を渡り、異文化に没入する毎日を送っている。

やはり、オタクは世界標準なのである。

さてそれはさておき、今回のキャスティングも良かった。
(「ミッドナイトイーグル」で太って、その後激やせした玉木君はちょっと痛々しかったが)



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野田 恵:上野樹里
千秋真一:玉木 宏
峰龍太郎:瑛太  
三木清良:水川あさみ
奥山真澄:小出恵介
大河内守:遠藤雄弥
フランク:ウエンツ瑛士
ターニャ:ベッキー
並木ゆうこ:山口紗弥加
片平 元:石井正則(アリtoキリギリス)
黒木泰則:福士誠治
エリーゼ:吉瀬美智子
峰 龍見:伊武雅刀 
シュトレーゼマン:竹中直人

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このキャスティングと言語について、

プロデューサーの若松央樹さんは、事前のインタビューで

「今回のスペシャルドラマは“ヨーロッパ編”ということで、
キャスティングと言語(外国語)については悩みました。
『リアルに外国人を起用して字幕や吹き替えにするのか?』
『しかしそれでは、のだめの世界観として面白みに欠けるのでは?』など、
考えれば考えるほど悩みはつきなかったのですが、
その問題を一気に解決し、さらに原作のキャラクターをパワーアップしてくれるのは、
この人たちしかいないと思いキャスティングしました。」
と、語っている。
もっともなことだと思う。
特に、フランク(ウエンツ瑛士)もターニャ(ベッキー)もいい味をだしていた。
ただ、
このふたりを見ているとどういわけかディラン&キャサリン(なだぎ武と友近)を
思い浮かべてしまったが(もしかして、本当に演技の参考にしていたような気もしてきた)、
どだいシュトレーゼマンを竹中直人が付け鼻しながらやっているのでいいのだ。

これについては、あの夏目房之介さんも
「(竹中直人によって)、
ドラマの中のリアリティの水準、演技や架空性のチューニング・レベルは、
もう目一杯敷居が下がってしまう。あとは何やっても「範囲内」な感じになる」
とこのドラマを褒めながら(この部分だけだとそうは感じないが)語っていた。




ここからは、勝手な推測になるのだが、
二ノ宮知子のコミックを読んでみると、
「のだめカンタービレ」という物語の奥底にある主題というかテーマが見え隠れする。

彼女の作品は、
「ニッポンの貧乏」「OUT」 「飲みに行こうぜ!!」
「平成よっぱらい研究所 」「トレンドの女王ミホ」
「GREEN〜農家のヨメになりたい〜 」「天才ファミリー・カンパニー 」などがある。
これらの中には、さまざまな年齢や職業に姿を変えた「野田恵」や「千秋真一」が、出現している。それには、性別すらも問わない。

「千秋真一」に代表されるような優秀で真面目かつやや頑固で狭い生き方をしている存在

「野田恵」のようになんらかのことで見た目は悪いが、一種天才肌で、純粋で打算のない個性
との対比。
これが
いわば二ノ宮知子の第1主題ともいうべきもので、
他の作品も、たとえていうならテンポや旋律、和音を変えた変奏曲となっている。

しかも、千秋真一が野田恵という存在によって、
変容させられ広く高い世界に辿りつけるようになるというモチーフが、
他のコミックでも同様に表されている。
きっと二ノ宮さんの心の深いところにある一種のコンプレックスが、
強烈にこの「対比構造」を作りたがっているようにも思えてしょうがない。
(実際に音大にはリアルのだめさんがいるようなのですが、
その存在はやっぱり単なるきっかけにすぎないと言えるでしょう。)



例えば、

『GREEN~農家のヨメになりたい』-----------------------------------------

小野誠
(都会っ子だが、祖父の死後、農家を継ぐ。医者の免許も持っていて、病院の
跡取りでもある。知的で凝り性。ワコに一目惚れされ、つきまとわれる。)

吉川和子
(誠に一目惚れ、農家のヨメになるべく日夜画策している。調理師専門学校卒業。元気で、無茶苦茶な性格。通称ワコ)

『天才ファミリーカンパニー』-----------------------------------------------
夏木勝幸
(ハーバード大学を卒業し、MBAをとり経済界で活躍することを目指す17才。
自称天才、でもかなりの秀才。
神経質、理解できない義父荘介と義兄春の登場とその行動で次第にペースが狂って行く)

田中 春
(自然大好きの天然キャラ、勝幸と同じ17才。
父と世界各国を放浪してきた。転校してもほとんど登校せず、でも実は天才)

『OUT』--------------------------------------------------------------
森川真子
(人気イラストレーター。仕事も順調で生活に余裕もあるのに、
勝手に乗り込んできた「歌ちゃん」のせいで、普通の生活ができない。でも…)

歌田一郎
(日本一のヒモ男。寄生虫男。スーパーロボット作りが得意、ちまたのゴミ人脈から絶対的な信頼のある謎のファンキー野郎)
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これらそれぞれの作品は、ものによって
pesante(ペザンテ 重々しく)かつappassionato( アパッシオナート 熱情的に)だったり
はたまた、amabile( アマービレ 愛らしく)かつdolce(ドルチェ 甘美に)だったりもするが、

やはり今回のドラマ「のだめ」は、
二ノ宮さんの作品の中でもまさにcantabile(カンタービレ)
であり調和がとれていていい。

これも、勝手な推測だが、
誠実に高みを指向する「千秋」
規格外の純粋な個性を持つ「のだめ」

「対比の構造」は、
無意識のうちに、ドラマ全体にも及んで、その構造を支えている。
それは、

ドラマとはいえ、高い音楽性を表現している部分(今回ならば『プラティニ国際指揮コンクール』に取り組んでいる部分の表現)と
全編通してサービス精神旺盛なギャグシーンとの
対比構造。
オーケストラにまつわる音楽性に関する部分の表現は、徹底して手を抜いていない。
これが、この物語の純粋性を保たせている。

ギャグで
白目をむくのも、
のだめ人形投げも、

黒い羽も
白いバラも、
通電も、
負けた直後の映画「蟲師」のような「負」の字のCGなども
すべては上手に、

最後の千秋が指揮する『バルトーク「舞踏組曲」』の美しい響きに
無意識に対比され、それを生かすようになっているのだ。

最後の部分も、きっと今日の直前の段階で、
編集して明確にしたのではないかと思う。

素敵な2時間20分だった。

最後に、二ノ宮知子さんの第1主題は今の「対比構造」なのだけれども、
実は彼女には第2主題ともいうべき重要な旋律があると思う。
(ホントにこれも勝手な想像だけなのですが)

それについては、明日か後日かに書こうと思います。






仕事を続ける女優には、
「30代の壁」という障害がある。
女性の結婚適齢期にも似て、
この30代の壁をどう乗り切るかで、
その後の女優人生の方向性が見えてしまう。

仕事を始めた10代後半から20代前半は、
女優としての鮮度も新鮮で
事務所もドラマスタッフも勝手に持ち上げてくれるが、
20代後半からはもうそうはいかなくなる。

ちやほやされていた温室の時期から、突如一転して風当たりの強い環境にさらされる。

女優として生きるということは、
目に見えないバッシングをどれだけ笑顔で
やり過ごせるかにもかかっているのかもしれない。

それが男との決定的な違いだ。

松嶋菜々子も篠原涼子も、仲間由紀恵も、伊東美咲も…、
みんなこの壁にぶち当たり乗り越えようともがいている。
しかも、
下からは、長澤まさみだの、新垣結衣やら、井上真央などなど、
がんがん追随してきているし…。

いやはや大変だ。

ここにひとりの女優がいる。

米倉 涼子

1975年生まれで、只今、33才。
まさに女優人生の勝負の時期にきているひとりでもある。




1995年、20才、ファッション雑誌『CanCam』専属モデルとなり人気沸騰。
1996年、21才、ユニチカ水着キャンペーンガール、キリンビールキャンペーンガール。
1999年、24才、『CanCam』専属契約終了と同時に、女優の仕事をはじめる。

前歯の並びを矯正しまっさらに取り替え、
目頭切開をして、気合い充分で仕事に臨んできた。
もちろん、体のケアは怠らず、一時期太ったものの、
事務所やCMのクライアントからの指令と圧力も受けて、
亀田兄弟以上にストイックな節制を続けている。
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恋の神様(2000年)20歳の結婚(2000年) ラブ・レボリューション(2001年)
非婚家族(2001年) プリティガール(2002年)大河ドラマ 武蔵 MUSASHI(2003年、NHK)奥さまは魔女(2004年、TBS)松本清張 黒革の手帖(2004年、テレビ朝日)
黒革の手帖スペシャル~白い闇(2005年、テレビ朝日) 女系家族(2005年、TBS)
ハルとナツ 届かなかった手紙(2005年10月、NHK)
松本清張 けものみち(2006年、テレビ朝日)
不信のとき~ウーマン・ウォーズ~(2006年、フジテレビ)
松本清張 わるいやつら(2007年、テレビ朝日)
肩ごしの恋人(2007年、TBS)

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みなさんも、ご存じの通り、
2005年の大河ドラマ『武蔵』で共演した市川海老蔵との熱愛と破局、
その他、Gacktとのお付き合いやら、
最近では中田英寿との朝帰りなどという
どうでもいいゴシップネタも他の女優より事欠かないのが、
ある意味女優らしくていいし、ちょっとだけプロっぽい。

世の中には、
「悪女、小悪魔、魔性の女」などという呼び名がある。
最近の米倉涼子には
関わってきた作品の関係と私生活との相乗効果で「悪女」的なイメージがつきまとっている。

思うに、
「悪女」というのは、
よほどもともと欲深い欲に満ち満ちた女性ならともかく、
とりあえず普通に生きていても、その状況のいかんによって、
やむを得ずその役回りを演じてしまっている女性も多いのではないか。

「悪女」とは、「悪女」になるのではなく、「悪女」に仕立て上げられるものだ。

確かに、
米倉涼子という人の顔は、
どういうわけか無表情になった時の彼女の目が極端に暗いものを秘めているように見える。
艶やかに微笑んでいる場合はいいのだが、
その無表情の際の無限の暗さが、
これまでの悪女的な役柄を知らないうちに呼び込んできているのだろう。

とりあえず、
今までの米倉涼子にとっては、
「悪女」のイメージも必要であり、
自然だったかもしれない。



特に、テレ朝系列の「松本清張3部作」に出演したのは、
彼女にとって正解だったと思う。

「黒革の手帖」、「けものみち」、「わるいやつら」
一連の松本清張原作シリーズで、
彼女の女優としての仕事の幅が成長したのではないかと思う。

骨太の脚本と重厚な共演陣は、彼女に大きな刺激を与えたのだろう。
※ちなみにビートたけしも、この松本清張シリーズの価値を褒めたりもしている。

これによって、少なくとも、
「たかの友梨ビューティークリニック」のCMで、
Gacktと絡んでみせるような、
いわゆる自分の磨き上げられた裸だけが売りの女優ではなくなりつつある。

でも、米倉涼子にとっての「30代の壁」はどうなるのだろう?

そんな中、
1週間後の1月10日に、米倉涼子の

「交渉人~THE NEGOTIATOR~」(木曜・後9時)がはじまる。

そこでのインタビューで、

「私自身もこういう現場の中にいると、
これまでの松本清張シリーズでもすごくうれしかったことなのですが、
大先輩方の中でポツンといられるんですね。
周りのレベルが高いから自分も高いところに到達しないと
すごくやるせない気持ちになって、どうしても上を目指したくなる。
それってすごく素敵な時間だと思うんですよ。
そういう時間をいただけることにとても感謝していますし、
そんな時間をみなさんに公表することで、
頑張ることの大切さやパワーを伝えられたらと思っています。」と、語っている。

米倉涼子が扮するのは
警視庁捜査一課特殊班「SIT」の交渉班主任警部補、宇佐木玲子。

交渉人として、凶悪犯に挑む刑事の役柄だ。
長かった髪もさっぱりとボブにして、気合い充分というところ。



さらに今回、個人的に楽しみにしているのは、
この米倉涼子を支える脚本家、寺田敏雄の存在である。

現在48才。
過去の作品には、
ドラマ『ジェラシー』(NTV)、『憎しみに微笑んで』(TBS)、『ラビリンス』(NTV)
『クニさんちの魔女たち』(1994 ANB)、『夢みる頃を過ぎても』(1994TBS)、
『たたかうお嫁さま』(1995 NTV)
などがある。

寺田さんは、やたらと下積み生活の長い方で、
テレビ業界の底辺で生活していた時の苦労も充分ある。
また、相当勉強しているようで、
様々なジャンルの脚本を描くだけの知識も背景にはあるようだ。
ただ、現在までの間でこれぞこの作家の脚本と言われるものがまだ出ていない。

彼もまた勝負の時をむかえているのだと思う。

したがって、
今回の「交渉人~THE NEGOTIATOR~」は、
寺田さんのオリジナル脚本であり、
脚本家としての今後を賭けて作られているのではないかと思う。

特に、最近は、フジテレビ系列の作品ばかりがドラマの視聴率の上位を占めている。
そういう意味では、この作品によって、
テレ朝がフジテレビのドラマに勝負を挑んでいるような印象を感じてしょうがない。
かつての「アンフェア」、「交渉人~真下正義」、
現在の「SP」など、すでに先行して好評を得ている作品はすべてライバルなのだろう。

そういえば、
「交渉人」での米倉涼子の立ち姿は、
どことなく「アンフェア」の篠原涼子を彷彿とさせるものがある。

今まさに、戦いを挑むかのように米倉涼子がすっくと立っている。

さて、
どこまで脚本家寺田敏雄が、
米倉涼子の新しい魅力を引き出せる状況を生み出すことができるのかが、
実に楽しみである。
このドラマに勝負を賭けている者たちの仕事の果てを観たいと思う。




昨日、開局50周年記念、元日スペシャル『相棒』をつい観てしまった。

タイトルは、
「寝台特急カシオペア殺人事件!
上野~札幌1200kmを走る豪華密室!犯人はこの中にいる!!」
という、お約束通りの長めのタイトルだ。
今回は、「寝台特急カシオペア」(JR東日本)と「ホテル天翔」との豪華なタイアップ。

1998年の「土曜ワイド劇場」からスタートして、
いつも
「次回シリーズ、いや次回作はあるのだろうか?」
それこそが制作スタッフの最大の「ミステリー」だったのに、
現在はもうシーズン6。

今年のゴールデンウィークには、映画ヴァージョンも公開されるという。
「相棒-劇場版- 絶体絶命! 東京ビッグシティマラソン42.195km」(全国東映系で公開)

いやはや、よくぞ立派になったものだ。

タイアップにしたって、
以前とはうって変わって、
ネームヴァリューがあるのでかなりやりやすくなってきているに違いない。
※ちなみに、寝台特急カシオペアのスイート料金は、
 寝台料金+ 特急料金+ 運賃  = 合計
 25,490円+ 2,890円 +16,080円= 44,460円 だったりする

正月早々、めでたいことだ。

まるで「コブクロ」みたいに、
地味に路上ライブで歌い続けてきたマイナーなシンガーが
メジャーとしてデビューし活躍しているのを見て
喜んでしまうファンみたいな気分になってしまう。

■とりあえず、あらすじの一部は--------------------------------------------

都内のアミューズメントパークで爆発事件が発生した。
指名手配中の左翼過激派の幹部・新井田(川本淳市)が爆弾マニア・塚原(崔哲浩)との
取引に失敗。
塚原が作った爆弾が爆発。
この事件に興味を示す右京(水谷豊)と薫(寺脇康文)だったが、
公安部が絡んでいるらしくなかなか情報が得られない。
そんな折、右京らは内村警視長(片桐竜次)からの直々の命令で、
根元(柏原収史)という男を札幌まで護送することになる。
根元は公判中の事件の重要証人。

札幌のホテルに勤務していた根元は、
暴力団の拳銃密売の場面を偶然目撃。
その犯人を特定するために証言するらしいのだが、
なぜか根元は何かに脅えているそぶりを見せる。
2号車に乗り込んだ右京らは、食堂車で1、2号車の乗客たちと顔を合わせる。
それぞれに複雑な人間模様を垣間見せる中、
その乗客の一人、津島悟(江原修)の遺体が発見される。
カシオペア号は“走る密室”。
犯人は公江(長山藍子)、安藤(永島敏行)ら9人の乗客の中にいる…!
列車内での密室殺人の謎に挑む右京と薫。その犯人を追い詰めたとき、
意外な事実が浮かび上がってくる…。

豪華寝台特急カシオペアでの密室殺人から焙り出される
一人の人間の悲しい過去とは?

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『相棒』が、なぜじわりと支持されてきているかと言えば、
それはの主人公ふたりの人物設定がきちんとできているということに尽きる。
それぞれの回のドラマの品質については、
当然好不調があるだろうし、キャスティングや予算の制約もあるので、
あながち制作スタッフを責めるわけにもいかない。

大事なことは、
制作スタッフ全員で二人の相棒のキャラを大切に育ててきていることだ。
プラスして、
共演している寺脇康文さん自身が、水谷豊の大のファンであるという事実もいい。

☆特命係長、杉下右京
クールでスマート、天才的頭脳を持つにもかかわらず、
出世コースに背を向け“警視庁一の変人”という刑事・杉下右京(水谷豊)


☆亀山薫
リストラされたものの、体力一筋、情にもろくおひとよしな熱血刑事・亀山薫(寺脇康文)




互いの性格を補完しあうようなコンビ、
ありがちなんだけれども、わかりやすい人物設定。
もちろん脚本は戸田山雅司と監督は和泉聖治のコンビがメインでやってきているわけで、
この組み合わせも実に長くコンビとしての作業をやってきている。
だから、このふたりこそが実質的な『相棒』なのではないだろうか。

※警視庁には、略称ではあるが「特命係」と呼ばれる部署が警備部内にあるらしいが、
本職の人はどんな気分でこれを観るのだろう?

ちょっと、気になる。

さて、個人的にこの『相棒』を観るといつも思うのは、
水谷豊さんという俳優の履歴だ。

今から33年前、
1974年に放映されていた伝説的なドラマ『傷だらけの天使』での
チンピラ役の乾亨のイメージがどうしてもまだちらついてしまう…

『傷だらけの天使』、そのドラマのオープニングはこうはじまる。



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その若者は、エンジェルビルの屋上にあるペントハウスに住んでいる。
その若者の名は、木暮修(萩原健一)。
その若者は、綾部探偵事務所の調査員。
中卒で気性は荒く、でも根は優しくて非情な男にはなりきれない。

そんな修が、朝、目を覚ます。

なぜかヘッドフォンを耳につけ、
なぜか水中眼鏡をしたままで、
ついでに、しかもなぜか革ジャンを身につけたまま、
木暮修がとりあえず目を覚ます。
精悍な肉体が身をおこす。

乱暴に冷蔵庫の扉を開き、
ご丁寧にも汚いTシャツにこぼさないように、
新聞紙をナプキン代わりに首につけ、
トマトを一口がぶり、
コンビーフをむしゃむしゃ食い、
続けざまにナビスコリッツを口に放り込み、
ソーセージにかぶりついて行く。
おまけに、めんどくさそうに、
口で栓を開けたビンの牛乳で喉に流し込む。

ごくごく、ぐびりぐびり…、
で、むせたのか、ブワァッと牛乳を景気よく吐き出す。

~ドラマタイトルが入る『傷だらけの天使』、
バックには大野克夫と井上堯之のファンキーな曲が流れている。

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まだ元気が良かった頃の恩地 日出夫監督の傑作ですね、
素晴らしいオープニングだと思う。

作った当の恩地監督は、
「このシーンをセックスの比喩」と言っているが、
それはともかく、野放図な「青春の名残り」みたいなものが画面に表現されているのがいい。

この影響力は強く、
5年後に制作された『探偵物語』の松田優作さえも
そのオープニングで萩原健一の動きをパクっている。
※ちなみに、水谷豊は松田優作の親友であったという。

さて、そんな木暮修が肩で風を切って歩いていると、たいていこんな声が聞こえてくる。

「アニキぃ~!」

振り向くと、そこにはベタベタのリーゼント頭で、ジーパンをはき、
よれよれのジャンパーを着たチンピラ乾亨(水谷豊)がニヤニヤして立っている。
頭の悪そうな表情をしつつ、やや腰を曲げながら、
やたら子犬のように木暮修につきまとう。

そしてまた、上目遣いで「アニキぃ~!」…。

チンピラたちは、わけのわからない事件の中に首をつっこんでいく。


放映当時は1974年だから、萩原健一は24才だったし、水谷豊はまだ22才だった。
この時の水谷豊の「相棒」であった萩原健一は、
若い時からやんちゃで失敗はしていたけれど、魅力的だったなぁ。
年をとるたびに、まさか交通事故を起こし業務上過失致傷罪で逮捕されたり、
あまつさえ出演料を巡るトラブルで制作側から恐喝未遂で告訴されるなんてなことは
予想もしていなかった。

この時の水谷豊のチンピラ「乾亨」のイメージは強烈で、
その姿をマネる若者が巷にやたらと続出した。

でも、水谷豊にとってみれば、このイメージは相当嫌だったらしい。
「傷だらけの天使」からの33年間、
きっと彼はチンピラ「アキラ」のイメージを払拭するために必死だったのではないかと思う。

『熱中時代』で、オーバーアクションな小学校の先生(北野広大 役)を
無茶苦茶に演じるところから始まって、
『刑事貴族』・『地方記者・立花陽介』・『探偵左文字進』などなど、
なるべくあのチンピライメージから離れようとしてきたんだよなぁ。



そして、時を経て、とうとう天才的頭脳を持つ警視庁一の変人、
特命係長杉下右京というチンピラとは極地の非常に知的な役柄までたどり着いたわけだ。
きっと水谷豊本人もこれには満足しているに違いない。

ただ、もしかすると本人は気がついていないかもしれないが、
水谷豊という存在はとても不思議なキャラクターで、
どうも一人で自立した主役というのは似合わないようだ。

なぜか役柄としてペアになる「相棒」がいないとしっくりしない。
そういう意味でも今のドラマ『相棒』はうってつけだ。

それにしても、
33年かかっても結局『傷だらけの天使』の呪縛からまだ脱出できていないという事実は、
役者にとって実に怖ろしい意味を持っているのかもしれない。



新年明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします。





さぁ、新しい年2008年になっちゃいましたね。

今回の最初のテーマは「紅白歌合戦」

毎年、なんとなくは観てしまうNHKの紅白…。
世間では、紅白歌合戦への批判の声は相変わらず厳しいものがある。
ここ数年の聴率低下は深刻で、
かつては50%以上はあたりまえだった状態が、
2004年にはじめて40%をきってしまってからは、
もう30%台にまで落ち込んできている。

また、元プロデューサーの制作費着服事件も重なり、
NHKは2005年では、司会者にみのもんたを起用したけれども、
視聴率は微増程度であった。
それに、2006年のDJ OZMAの勇み足みたいなこともあったし…。
そんなこんなで制作サイドとしては、精神的にもかなり追い込まれているのだ思う。

NHKなんだから、
そんなに視聴率にこだわらなくてもと思うものの、
当事者は逆にそうも言っていられないらしい。

NHKの三溝敬志プロデューサーは、今回の紅白について
「日本一、権威ある歌番組として愛されるようにしたい」
「視聴率を取るため何かをするのはやめる。
30代後半から50代までの大人がじっくり聴ける紅白、格調高い紅白にしたい」
と事前から強く語っていた。

「今年の紅白は「歌の力、歌の絆」をテーマにマンネリ打破を目指す」
という謳い文句。
歌手の選考にしたって大変だ。
エンターテインメント番組部部長によると
紅白選考基準として
(1)今年の活躍
(2)世論の支持
(3)番組の企画・演出との合致、
の3点があるのだそうだ。

しかしねぇ、
矢沢永吉、竹内まりあ、チューリップ、宇多田ヒカル、B’zにオファーしても、

相変わらず全部あっさりと断られており、
目玉不足のまま、紅組29組、白組27組というなんだか変則的な組み合わせが出現した。

紅組の司会中居正広は、
4回目の紅白司会であり、もう若くして貫禄充分だった。
湘南のやんちゃなお兄ちゃんが成長したものだ。

そして、白組司会の笑福亭鶴瓶は、初の司会。
ポロリするんじゃないとか、失言はダメなど、
事前から各方面から釘をさされながらも、結果的には意外といい司会ぶりだった。

それにしても7:20から11:45まで、
ノンストップで行われる生番組の紅白という舞台を運営する側のストレスは
想像を絶するものがあるにちがいない。

56組プラスαの曲をどう選定して、いかに演出するか?
考えるだけで、空恐ろしい。



音楽事務所だって、
紅白の出場いかんによってCDの売り上げやその後の営業に大幅な影響がでるし、
必死に制作サイドに食いついてくるのだろう。

ただ、 CD売り上げを重視した選考になると、
演歌勢が不利となり高年層の視聴率を逃してしまう。
芸能事務所に一定の出場枠をもうけて調整を行っているらしい。
北島音楽事務所やジャニーズ事務所ですら基本的に2枠程度なのだそうだ。

しかも、2007年の「日本の話題」をこの生番組に集約しなければならない。
これは、かなり無茶なことなのだとは思うけれども、
毎年よくがんばっているなぁという感じである。

審査員にしても、
とにかく話題性のある人間を集め来なければならないというめんどくささがそこにある。
スポーツ、映画、文学、芸術、科学、芸能のてんこ盛りになってしまう。

審査委員席は、基本的には「日本の10大ニュース席」なのだろう。
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新垣結衣(女優)ドラマやCMで大人気のアイドル『恋空』

青木功(プロゴルファー)日本シニアオープンで優勝

上田桃子(プロゴルファー)史上最年少の賞金女王

岡島秀樹(メジャーリーガー)レッドソックスで世界一

坂東真理子(昭和女子大学学長)著書『女性の品格』

陣内智則(タレント)今年藤原紀香と結婚

藤原紀香(女優・タレント)今年陣内智則と結婚

中村勘三郎(歌舞伎俳優)7月にニューヨークで公演

宮崎あおい(女優)来年の大河ドラマ『篤姫』で主演、番宣

茂木健一郎(脳科学者)『プロフェッショナル』で司会

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いやはや、大変である。



さらに、以下、今回の出場順をご覧いただきたい。
(大晦日の紅白を思い出しながら)

ちなみに、
右側の「×、△、○、◎、●」のマークは、
歌手たちの持ち時間をあらわしている。

「×2分、△3分、○4分、◎5分、●6分」
歌手たちに与えられたこの持ち時間が、
NHKの彼らに対する評価なのでしょう。
さらに右の★のマークは前年度で40%以上の視聴率を取ることができた歌手です。

このマークだけを見てもNHKサイドの意図が透けて見えるので面白い。
ようするに○4分は、一人前に認められている歌手、
◎5分は、視聴率のとれる人たち、
●6分は、スペシャル。
今回は、ドリカムとスマップの2組だった。(昨年の視聴率のベスト1または2位の人たち)
ちなみ3分以下の持ち時間は、若手かきわもの扱いってなことだろう。




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1(7:23)ハロー!プロジェクト10周年記念紅白スペシャル隊     ○
モーニング娘 Berryz工房 ℃-ute
 「Special LOVE Mix~幸せの平成20周年 Ver.~」
2(7:27)美川憲一  「さそり座の女2007」       ○ ★
3(7:31)鳥羽一郎 「兄弟船」
4 (7:34)川中美幸  「金沢の雨」         ○ ★
5(7:38)w-inds.   「Beautiful Life」       ○
6 (7:42)中村美律子 「だんじり」         △
7(7:45)北山たけし 「男鹿半島」         △
8(7:48)長山洋子  「じょんから女節」        △
9(7:51)EXILE  「Lovers Again~紅白バージョン~」     ○
10 (7:55)mihimaru GT「俄然Yeah!」       △
11(7:58)WaT  「WaT紅白セレクション」         ○
12(8:02)アンジェラ・アキ「サクラ色」         ○
13(8:06)布施明  「君は薔薇より美しい」        △
14 (8:09)香西かおり「無言坂」         △
15(8:12)前川清  「そして神戸」         △
16 (8:15)水森かおり 「ひとり薩摩路」         △

企画物:「おしりかじり虫」

17(8:24)AKB48    「会いたかった」         ×
18(8:26)リア・ディゾン 「恋しよう♪」          ×
19(8:28)中川翔子   「空色デイズ」         ×
20 (8:30)米米CLUB  「愛君浪漫」         ○
21(8:34)絢香     「Peace loving people 」             ○
22 (8:38)ポルノグラフィティ 「リンク」          ○
23(8:42)スキマスイッチ「奏(かなで)」         ○
24 (8:46)伍代夏子   「舟」          △
25(8:49)すぎもとまさと「吾亦紅(われもこう)」        △
26 (8:52)あみん    「待つわ'07」        ○
27(8:56)寺尾聰    「ルビーの指環」         ○
28 (9:00)平原綾香    「Jupiter」       ○
29 (9:04)BoA     「BoA ウィンター・バラード・スペシャル」    ○
30 (9:08)馬場俊英   「スタートライン~新しい風」       △
31(9:11)さだまさし   「Birthday」        ○
32 (9:15)坂本冬美   「夜桜お七~大晦日スペシャル~」    ○

企画物:ZARDメモリアル「揺れる想い」「負けないで」「グロリアスマインド」






第2部(9:30~11:45)

1(9:30)小林幸子    「恋桜」     ○  ★
2 (9:34)Gackt「RETURNER~闇の終焉~消え逝く武士への鎮魂歌~」◎
3(9:39)大塚愛    「CHU-LIP」            ◎
4(9:44)TOKIO     「青春 SEISYuN」          ◎
5(9:49)槇原敬之    「Green Days」        ◎
6 (9:54)浜崎あゆみ    「Together When…」       ◎
7(9:59)氷川きよし    「きよしのソーラン節」          ◎
8(10:04)aiko       「シアワセ」           ◎
9(10:09)倖田來未     「愛のうた」         ◎ ★
10(10:14)徳永英明    「恋におちて -Fall in Love-」     ◎
11(10:19)中村中     「友達の詩」           ◎
12(10:24)平井堅      「哀歌(エレジー)」          ◎

企画物:小椋佳 × 美空ひばり 「愛燦燦」

13(10:38)北島三郎    「帰ろかな」         ◎ ★
14 (10:43)天童よしみ   「珍島物語~絆~」        ◎ ★
15(10:48)コブクロ    「蕾」            ◎ ★
16(10:53)中島美嘉    「LIFE」         ◎
17(10:58)一青窈     「ハナミズキ」          ◎
18 (11:03)秋川雅史    「千の風になって」        ◎
19(11:08)DREAMS COME TRUE「わたしたちの未来予想図」      ● ★
20 (11:14)SMAP      「弾丸ファイター 紅白SP」         ● ★
21(11:20)和田アキ子   「あの鐘を鳴らすのはあなた」       ○
22 (11:24)森進一     「北の螢」          ○
23(11:28)石川さゆり    「津軽海峡冬景色」        ○
24 (11:32)五木ひろし    「契り」           ◎ ★

企画物:全員合唱「世界に一つだけの花」


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第1部と第2部の扱いが全然違うことが数字でもわかる。
ついでにこれが列車の時刻表以上に、過密な分刻み秒刻みのスケジュールとなっている。

これって、照明担当者や舞台係(セット、大道具担当)にしてみたら
地獄のような進行表なのではないだろうか。
裏方として関わっていたら、きっと吐きそうになるにちがいない。

渋谷のNHKホールの照明機材にしても、
基本的にはコンピュータ制御になっているであろうが、
サイドスポット、ピンスポ、ホリゾントなどなど電飾系の細かい部分は
結局、一種神業に近い職人芸を持つ人の力が要求されるのだと思う。

きっとそういうタイプの人がいるのだ、裏方に。

センターに置いたピラミッド型の階段状のセット、
このモチーフをどれだけ使い回せるか?
曲に応じて、ステージの印象が全部違うように感じさせるには?
ステージ上にかくされてある吊り物に必要なバトンは全部使い切っているだろうし、
どうすれば効果的か?
今回もやたら使用した紙吹雪の処理を自然にするには?などなど

こういうことを考えながら観ると実に楽しく鑑賞できる。

また、この流れを見るだけで、
「視聴率にはこだわらない」と言っていた三溝プロデューサーが、
どれだけ数字をほしがっているのかがよく分かる。

美川憲一と小林幸子を対決形式にしないで分離し、
第1部と第2部の頭にもってくることによって、
視聴率もスタートから稼げるし、セットの準備と処理も効率的になっているのがいい。
特に小林幸子の「桜の万華鏡」をイメージした豪華衣装
(過去28回の紅白衣装で最大)は高さ8メートル、幅15メートル、
重量は2トンにもなるそうだが、これもGacktを別会場で演奏させることで、
なんとか処理する時間も捻出できていた。

とにかく、「素早く準備して、素早く撤去する」ということを
どう効率的にできるかという工夫に満ちた進行表なのだと思う。

また、歌手の配列にもいろんな公表されていない配慮が感じられて面白い。
TOKIOと浜崎あゆみの間に、
槇原敬之をあえて紅白順を崩してまでいれていることが意味ありげだし、

性同一性障害の中村中の「友達の詩」と
ホモ疑惑の平井堅の「哀歌(エレジー)」が並んでいるのもいい。

そのそれぞれの中に、以下の話題も含めて進行するのだから、
取り組み段階からリハそして、本番へ至るまで、
その舞台裏は罵声と怒声を浴びせ合いながら進んできているのだと思う。




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坂本冬美の「夜桜お七~大晦日スペシャル~」で天才女形、早乙女太一

平原綾香の場面では、

新潟県長岡市の旧山古志村役場前から、俳優の船越英一郎の中継。

東京タワーでの薬師丸ひろ子

「第49回日本レコード大賞」をとった「コブクロ」の「蕾(つぼみ)」

直前に倖田來未との交際報道された中居への笑福亭鶴瓶のつっこみ
(軽くかわされたけど)

IKKOらの「桃組」(これはひどかった)

ZARDの追悼企画

美空ひばりと小椋佳

阿久悠を追悼する4曲

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心配された白組司会の笑福亭鶴瓶の激しい“脱線ポロリ”もなく。
せいぜい「弾丸ファイター」を思わず?「こうがんファイター」と言ったことと、
楽屋に突入して「クール・ファイブ」の宮本悦朗の頭にまたがるぐらいで終わった。

いやはや…。

日本人が「歌」を並べて楽しんだ最初の例は、
古今和歌集なのではないかと思う。

中高生なんかが見てもなんの面白みもないものだが。
知恵のある大人が読めばこれは非常に面白いものになる。
古今和歌集は、一首一首の和歌を載せただけの歌集ではない。
あれは、歌の配列の意味を読み解きながら読むものなのだ。

春ならば、
雪解けから始まって、芽を吹き、花が咲き、桜が散っていく経過など
時間に応じて、和歌のテーマが
美しくヴィジュアルに訴えかけるように変化していくのを楽しむと
相当美しい美意識で並べてあるのが分かる。

夏であれば七夕の歌が密集している箇所があるが、
あれは男と女が出会って、愛を確かめ合い、また別れていくというタッチの
恋愛小説風に配置されているもので、
実に興味深い。
紀貫之のセンスが光るというわけだ。

紅白歌合戦もいわば、一種の古今和歌集ではある。
芸能関係者などの思惑もからんで複雑な背景もあるが、
その「歌の配列意識」は今も昔も変わらないのではないだろうか。

文化的にみても、やっぱり日本人的な番組なのだ。

他局である民放の企画もいまいちだったので、
もしかすると、視聴率もちょっとアップしたのかもしれない。


1月2日のニュースによると、今回の紅白の平均視聴率は、
2004年に続いてワースト2位という悲惨な結果に終わった。
残念!努力した関係者のことを思うと胸が痛む。
やっぱりもう歌合戦という時代ではないのかなぁ。

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