舞台の効果音

演劇、ドラマ、映画、効果音、音効、サントラ、サウンドトラック、 プレゼン、劇、学校祭、音楽、BGM、SE、音、曲、学芸会、学園祭、発表会など ドラマについてや場面に応じた音楽などの話題を中心としたブログです。

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主演は、大泉洋、そして、脇を固める佐々木蔵之介・ 堺雅人・常盤貴子・
田畑智子・伊武雅刀…、
いやはや、味のある優れた役者たちが集まったもんだ。
彼らが出演している映画『アフタースクール』は、非常に面白い。
アフタースクール8

特に、この『アフタースクール』の脚本を手がけ、
そして監督もした内田けんじ監督は、相当な優れものだと思う。
まだ35才。
ついに本格的なメジャーデビューだ。
役者さんたちが素晴らしいので、
僕は初心者マークでベンツを運転している気分でした
」と、
謙虚に語っている内田監督ではあるものの、
なかなかどうして、見事に役者の個性を引き出していた。
とにかく脚本の構成の仕方が尋常じゃない。
観ていても、予想を覆されることがしばしば出てくる。
アフタースクール2

とりあえず、『アフタースクール』のありがちなあらすじは…、
母校の中学で働く、人の良い教師神野(大泉洋)のもとに、
同級生を名乗る探偵(佐々木蔵之介)が訪ねてくる。
探偵は同級生の木村(堺雅人)を捜していた。
神野は木村と親友だが行方が分からず、
探偵と一緒に捜すことになる……。
というような内容だ。
ただ、後半からどんでん返しの連続になるので、
この「あらすじめいたもの」は、ほとんどお飾りにすぎない。
また、その一つ一つのどんでん返しについて、
無性に語りたいけれども、ネタバレになってしまうしなぁ…。

それにしても、よくまぁこういうタイプの脚本を仕上げたものだ。
つくづく感心してしまう。
とんでもない才能だ。

内田監督曰く、
構想が浮かんだのは、
幼なじみの友人とファストフード店の2階で待ち合わせをしたとき。
1階にハンバーガーを買いに行ったまま、
友人が30分近く戻ってこなかったんです。
理由はただ混でいただけなのですが、
このとき、空想したんです。もし、このまま友人が蒸発したらと。
僕はその友人のことを何でも知っていると思い込んでいるだけで、
実は何も知らないのかもしれない。
まったく知らない事実が隠されていてもおかしくないでしょう
」と。
3年ほどかかって練りに練った脚本だという。
アフタースクール6

内田けんじ監督の得意とする手法は、
一つの情報でも、場面でも、
立場が違うとまったく見え方が変わってしまう
」ということ。
この部分に対する内田監督のある種の執着ぶりは凄まじい。
何度も脚本を書き直しながら、
突き詰めていく内田監督の思考における粘り腰は驚嘆に値する。
でも、
なんだか内田監督の生育歴の中で、
よっぽど自分か、もしくは家族が酷い誤解をされて嫌な思いをした記憶が、
心の奥底にトラウマとして巣くっているのではないかとも勘ぐってしまう。

ともあれ、一つの情報を多角的に見るという発想は、
劇場用デビュー作『運命の人じゃない』でも、
同じパターンだった。
それは、さらに時間軸を複雑に操作する物語でもあった。
かつて内田監督は、
6年間ほど、サンフランシスコ州立大学の芸術学部映画科に留学していて、
日本に帰国してみると、携帯電話が圧倒的に普及。
新宿を歩いている人々が携帯で、
会話をしているという光景に衝撃を受けたことを
きっかけに脚本が生まれたという。
なんにせよ、脚本の中にさまざまな視点を入れて、
そこに表れる差異を表現した。
出演している役者たちは、
それほどメジャーではなかったにもかかわらず、
彼の脚本の実力が認められて、この『運命じゃない人』が、
カンヌ国際映画祭4部門を受賞した。
アフタースクール4

とにもかくにも、
本当に、最後までお客を飽きさせない伏線の張り方が巧妙だし、
才能を感じる。
ある一定の短い物語の筋を思い浮かべたら、
同時に違う人物の違う目的の為に行動しているとするなら、
どんな意味になるということを内田監督はまず考えるのだろうか?
または、一度は単純なストーリーを決めてから、
誤解すると面白くなる部分を追求するのだろうか?
どっちにしても、かなり面倒な作業にはちがいない。

そんな巧みなプロット(物語の筋)に乗って、
役者たちの微妙な表情もまた上手い。
もちろん、演出も冴えている。
特に、大泉洋・佐々木蔵之介・堺雅人ら3人の、
一瞬何を考えているのか読みにくい深みのある表情が、
観る側の抱く「謎」の部分をさらに広げていく。 
監督からも「無表情で台詞を言ってください」というような指示が
入っている部分もけっこうあるという。
大泉洋も、この数年の中で数多くのドラマに出演して、垢抜けてきた。
妙なおかしみを身体から発散させている感じがあって、良かった。
また、佐々木蔵之介は、本当に役者の仕事が好きなんだろうなぁと、
観る側に思わせてしまう人だ。渋く地味な役柄でも、
狂気を秘めたエキセントリックな役柄でも自由自在、
楽しそうに演じている。
ちなみに、堺雅人は、笑顔が怖いなぁ、この人。
3人とも、演技する上での実力者たちだ。
アフタースクール3

しかも、すべての結末を知った後で、
最初から主人公をはじめとする表情の意味を
心の中で反芻してみると別の発見もあり、
ちょっと哀しい気分にもさせられる。

それだけ全員がいい演技をしているのだ。

なんとか内田監督に騙されないように、
ドラマが進行している前半あたりで、
結末やどんでん返しを予想しようとしたが、
結局まんまとやられてしまった。
それが爽快でもある。

これは、観た方がいい。

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アフタースクール5

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1958年、黒澤明監督のオリジナル映画『隠し砦の三悪人』が世に出た。
それから20年を経て、
1978年、『隠し砦の三悪人』に影響を受けたジョージ・ルーカス監督の『STAR WARS』
が出現した。
さらに、その30年後、
2008年、樋口真嗣監督の『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』の登場となった。
隠し砦の三悪人6

映画『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』を観た。
スタッフが非常に頑張って、良い仕上がりになっていたのではないかと思う。
見栄えもするし、外人受けするような映像にもなっていた。
ただ、舞台でも、映画でも、本来的には下手でもオリジナルの方がやはりいいと思う。
どんなに上手に作っても,
リメイクは、ある種の模倣にすぎない。

ただ、今回良かったのは、織田裕二の『椿三十郎』のような完全リメイクをせずに、
黒澤明監督のオリジナル版での主人公「真壁六郎太」に替わり、
オリジナルキャラクターである武蔵(松本潤)が主人公にするなどして、
なるべく独自なシナリオの展開をしているのがいい。
『STAR WARS』が素晴らしいのは、
たとえ黒澤監督の『隠し砦の三悪人』に影響を受けて、
冒頭シーンやラストシーン、
そして、さまざまなシーンやキャラクター設定について類似している部分があるにしても、
基本的には、換骨奪胎の上に成り立つオリジナルであるということだ。

黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』に出てくる太平と又七が
C-3POとR2-D2のモデルであるという事実は、
ルーカスご本人がおっしゃっているので、大変有名だが、
もしそのことに触れなければ、ロボットだし、世間の人間はなかなか分からない。
(また、設定上の「ジェダイ」が日本語の「時代(劇)」からきていたり、
キャラクターの「ヨーダ」が「依田(先生)」からとられていたとしても、
それは関係ない。)
男勝りのさわやかな性格やまっすぐな正義感を持っている雪姫のイメージが
レイア姫へと変化しても、これまたいいのだ。

ところが、今回の樋口真嗣監督の『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』は、
黒澤監督版の作品と『STAR WARS』をあえて確信犯的に組み合わせて作ってしまった。
佐藤直紀さんの効果音にしても、
『STAR WARS』のサウンドトラックの類似したものを
あえて意図的に作るはめになっていた。
もし、佐藤さん自身がこの映像に対して、
オリジナルの意識で作曲をすればもっと違う良いものになっていただろうと思う。
隠し砦の三悪人3

ましてや、椎名桔平さんの演じた鷹山刑部が、
誰が観てもダース・ベーダーであるようになっている演出は、
どれほど『STAR WARS』へのリスペクトがあったにしても、
やらない方が良かったと思う。
逆に、できればもっと凶悪な存在を生み出してほしかった。
六郎太(阿部寛)との対決シーンも、
当然、オビワンとダース・ベーダーとの対決を背景にしているので、
殺陣の効果音もライトセーバーが唸りを上げているような音を使っていた。
迫力があるし格好いいのだが、これっていいようで悪い。
残念ながら、映画のクオリティーが下がってしまうような印象を受けてしまう。
ともあれ、
映像は、綺麗だし壮大で、スピード感もある。
役者はそれぞれ頑張っていて、魅力的だった。
したがって、全編通してそれなりに楽しむことができる作品になっている。
隠し砦の三悪人1

でも、見終わって残念なのは、
樋口真嗣監督自身が、黒澤監督作品のリメイクというプレッシャーに耐えながらも、
作品作りの中において、自分らしさや真のオリジナルを表現する一歩手前で、
作業を満足して終えてしまったことなのではないだろうか。

樋口真嗣監督は、画コンテの才能に恵まれているらしく、
それこそ非常に多くの映画に画コンテを提供している人だという。
庵野秀明が友人で、『新世紀エヴァンゲリオン』の主人公碇シンジの名前も
「真嗣」から来ているということも有名だ。
役者やスタッフからは、「樋口監督は、熱い!」とも言われたりもする。
また、細かなCG画像にも強く、忍耐強く一つ一つの絵柄を完成させていく。
ただ、最近ではやたらと太ってこられたし、
なんとなく実にオタクっぽい人なのかなぁと思ってしまう。
したがって、映画制作に関しても、
こだわりがある部分もオタクならではの趣味が入っているような気がする。
もしかしたら、部分にこだわりすぎて全体が見えていない時があるのでは。
かつて樋口監督は、「日本沈没」が好きで、自分自身でリメイクした。
ただ、草君と柴咲さんとの組み合わせで、なんとか収益をだしたものの、
関係者からは失敗作だとも言われている。
その失敗の原因は、個人的に推測するに、
樋口監督の映像は得意なのだけれども、
ストーリー展開や感動させるツボについての感覚が弱いという点にあるのだろう。
隠し砦の三悪人5

「武蔵の2時間のドラマの中での心の変化や成長」
「雪姫の理想や不安」と「庶民の生きざま、群像」
「鷹山刑部が『徹底した悪』であるための設定理由の弱さ」
「武蔵と雪姫の恋愛感情の推移」
などの貫通するシナリオ上の大事なファクターが、
爆発シーンやアクションシーンに埋もれて、中途半端になってしまっている。
それが露骨に表れているが「ラストシーン」なのだと思う。
金塊を託した百人の百姓たちなどとの再会と武蔵との別れを
ここまで来たらもっときちんと、または大げさに演出すべきだったのだろう。
その中途半端さ故に、
武蔵と雪姫がかわす大事なキーワード「裏切りご免」も
とってつけたようになってしまった。

なんやかんやと注文をつけたくなるものの、
樋口真嗣監督の映画『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』は、
それでも、エンターテイメントとしてはけっこういい映画だとは思う。


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隠し砦の三悪人4



『CHANGE』の脚本を担当している福田靖さんは、
きっと相当苦しんで、今回のシナリオを書き上げたのではなかろうか。
昨年の『ガリレオ』では、福山雅治をはじめとして、
出演するタレントの魅力を生かしつつ、
原作である東野圭吾の作品をベースにして独自の優れた構成力で作っていた。
本人もインタビューで、
「誰に対しても『面白いから見てみてよ』と視聴者の目線で勧めることができた作品」と答えていた。
そんな伸び伸びした感じとはちょっと違う印象を今回は受ける。
(この『ガリレオ』での福田靖は、
従来の自分の作風から脱皮しようとして成功した作品だったからなのかもしれない。)
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さて、『CHANGE』第1話の視聴率が23.8%だったということで、
「政治を題材にしたものとしてはなかなかのでき、さすが木村拓哉」とか、
逆に、「内容が薄すぎて、木村拓哉主演のドラマとしては最低だ」とか、
「春ドラマでは先行している『ごくせん』に完敗した」などと、
賛否両論といった感じで、各方面から言われている。

評論家であれ、視聴者でれ、見る側というのは本当に厳しいものだなぁと思う。
視聴率に関して言うならば、
木村拓哉さんご本人の存在感や芸達者ぶり、および人気は、相変わらずなので、
この視聴率という数字に影響を与えているファクターは、
ドラマの脚本や演出そのものなのでしょう。
個人的な興味でいうならば、『CHNGE』の脚本を担当している福田 靖さんが、
苦しみながらもどんな仕事をしたのか?という点にある。

世の脚本家という仕事はなんともはや切ないものがある。
そして、ともすれば過酷なテレビドラマ業界にあって、
「脚本家というのは、業界の消耗品になっているのではないか?」
と感じてしまう時もある。
これまで幾多の脚本家たちが一瞬脚光を浴びてすぐに売れっ子となり、
あっという間に使われなくなるというサイクルを何度も見てきた。
あまりにも辛い。本当にきついなぁ。
その冷酷なまでに厳しいサイクルは、
一発屋の芸人や歌手のそれより露骨だったりもするわけだ。

脚本家だって、物語を生み出す作家の一人であり、
心の中で追い求めているテーマは、そんなに多いわけがない。
例えば、太宰治の処女作『晩年』の短編たちと、
自殺の前に書かれた後年の『人間失格』を比較しても、
追いかけているテーマは、どんなに年月を経ても、
結局ほぼ同質のものだったりするのは、誰でもが知っていることだと思う。
ようするに次々に物語を連発して生み出すということがどんなに困難なことか。
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それでも、たとえば、
コメディーに強い三谷幸喜が「個人(集団)を特殊な状況に追い込む」
という思考法で、数々のドラマを生み出してきたとするなら、
それでは、今回の福田靖がこれまで作ってきたドラマに共通して、
ドラマの底辺に流していたテーマというか、モチーフというのは何だろうか?

現在46才の福田靖、1990年代半ばから脚本家に転身し、
脚本家としての代表作には、
知っての通り、HEROシリーズや救命病棟24時シリーズ、海猿シリーズがある。
そのどのドラマの中においても、ここぞというシーンには、
福田靖流のトーンが流れている。

例えば、映画1作目の『海猿』。
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訓練中、突然変化した潮流に流され、
潜水訓練中の仙崎のバディである三島が岩に挟まれてしまう。
深い海の底で、残されたボンベはひとつ。
しかも、片道分しかない。
だが、仙崎はバディである三島を決して見捨てなかった。
そして、仲間の訓練生たちも……。
訓練生であるために、規律上は救助にいけない、しかしもう時間はない。
わずかしないボンベの酸素も底を尽き、仙崎も意識を失いかけそうになった時、
すべてをかなぐり捨ててやって来た救助訓練生たちのシルエットが見える。

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海猿2

誰かを支えるために、海上保安庁の男たちが感情を表に出さず、
黙々と装備をし、全員が一斉に行動し始める…というのが実にいい。

そんな構成を抽象化すると、以下のようになる。
______________________________________

①誰か(何か)のために、主人公は必死に活動する。
②その主人公のあまりの必死さのために、仲間たちとのトラブルを起こす。
③そして、事件。
④ぎりぎりまで主人公は努力するが、うまくいかない。
⑤そんな中、ついに仲間たちが主人公を助けるべく一丸となって行動する。
⑥その結末が、成功しても失敗しても、次につながる何かを手にする。

_______________________________________

だいたいこんな感じの構成が、
福田靖さんの心にある重要な骨子なのではないかと思う。
それが、形を変えながら変奏曲のようにして、
どのドラマでも見え隠れしている。
『海猿』のテレビヴァージョンでも、
映画2作目『LIMIT OF LOVE 海猿』でも同様の現象をあえて作っている。
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第十管区海上保安本部に異動となった海上保安官の仙崎大輔(伊藤英明)。
そこで、9階建てのビルに相当する大型フェリー「くろーばー号」の座礁。
愛車を心配して避難命令を無視していた海老原真一の避難誘導をしていた仙崎と
彼のバディ・吉岡(佐藤隆太)が、ガソリン漏れによる車両の爆発で避難路を絶たれ、船内に閉じ込められてしまう。
絶体絶命のピンチ。
最後まであきらめようとしない仙崎。
しかし、遂にフェリーが完全に沈没してしまう!
救出活動をあきらめかけていた本部の各スピーカーから、
待機させられ続けていた他の救難隊員からの、出動要請が次々に入ってくる。
待機命令を無視して、各救難部隊が独自にしかし一斉に救助活動を開始する。

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海猿1

仙崎の必死の活動を
見守り続けた名もない無数の男たちの命がけの救援という部分が、やっぱりいい。

しつこいようだが、最近の映画版『HERO』でもまた同じ。
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東京地検城西支部へと久利生公平(木村拓哉)が戻ってきた。
今回は、芝山検事(阿部寛)が起訴した過失致死事件を任される。
初公判で容疑者が犯行を全面否認するところから意外な展開を迎える。
刑事事件の無罪獲得数日本一という蒲生(松本幸四郎)が弁護を担当し、
背後に潜む事態の大きさを久利生は感じる。
それは代議士の花岡にが受け取ったとされる1億円の贈収賄疑惑の
アリバイに関わる裁判だったのだ。
苦闘の末、容疑者のアリバイを覆す携帯電話の写メールが発見された。
なぜなら、城西支部のメンバーが一丸となって、
火災現場で写メールを撮っていた無数の野次馬たちを調べ、
たった一枚の証拠写真を探り当てたからだった。

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HERO

仲間たちが久利生のために、
全力を挙げて可能性がゼロに近い証拠物件を探したという事実のもって行き方が、
やはり福田さんっぽい感じとなっている。

昨年の早い時期、福田さんの所に、
「木村拓哉主演で、政治家を題材にしたドラマを」というオファーがあったのだと思う。
ヒットを連発しながらも、
ドラマにしにくい「政治家」という題材で、
もし自分の得意技である「主人公を仲間たち(ある種の集団)が支える」という構成を
入れるとするなら、どのようにストーリーを運んでいくかをなどなど、相当悩んだはずだ。
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『CHANGE』の第1話での主人公朝倉の人物設定は、
①代議士の父を持ち、収賄事件をきっかけに政治に嫌悪感を持つ。
②子どもにもなめられる気弱な面を持つものの、人には好かれる。
③天体が好きで、星をよく眺める。

もうちょっと、キャラクターの設定にいくつかの要素がほしいし、
なんらかの傷やコンプレックスをつけた方がいいのかもしれない。
第1話が、薄っぺらく見えてしまった原因の一つが、早すぎる展開と人物設定の安易さだ。
ただ、これは、まだ間に合うし深めることは可能だ。

そして、主人公朝倉を最後に支えたのは、
朝倉が父の収賄事件を認め謝罪したことを受けて、
主人公に投票した名もない無数の有権者たちの投票行動とあいなった。
ただ海上保安庁の海猿のメンバーのように絵柄にはしにくいので、
直接的な感動につながらない。

ちょっと残念ではあるが、衆議院議員としての活動が主となる第2話を、
事実上の第1話としてスタートさせようとしているのかもしれない。
まだ、敵の姿も浮かび上がってこないし、
主人公朝倉を支えるのを最終的には「国民全体」にしようとするなら、
かなりの荒技が必要だ。難しい。
納得できるリアリティが必要なのだ。
しかも、その中にこれまでのような感動はあるのだろうか?
でも、
そんなことを考えると、シナリオ上の問題をきっと解決したであろう福田靖さんの
「答え」が非常に気になる。
もし、予想もしない答えを用意していてくれたらどんなにいいだろうか。
そういう意味でも、『CHANGE』は実に観たいドラマだと思う。

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magic hour 5

ゆったりと太陽が山並みに沈んで、
淡く色とりどりの光が、空を照らし、
しだいに、夜の準備をはじめるビルや街灯の光が、素敵な陰影を描き出す…。
茜色のグラデーションと漆黒のシルエット、
さらに、街はしっとりとして、たおやかな不思議な空間に変貌していく。
そんな、日没直後、約30分弱の素敵な魔法の世界、
夕暮れの光と影が織りなす「マジックアワー」
magic hour 8

さて、三谷幸喜監督による最新作「ザ・マジックアワー」が6月7日に公開される。
もちろんこの新作映画はすでに完成しているし、
三谷さん自身も、公開に備え、PRのために各番組の出演して、
告知などをやたらと収録しているそうだ。
また、映画館やテレビなどではその予告フィルムも流れているもんだから、
なおさら楽しみでしょうがない。
いいなぁ、三谷幸喜監督。
世の中には、脚本を作るという才能が確実に存在するようだ。
三谷幸喜さんのとぼけた表情なんかを見ていると、なんだかつくづくそう思うし、
ついでにちょっと羨ましい感じもする。
三谷さんの得意技は、みなさんもお分かりの通り、
個人(集団)を特殊な状況に追い込む」ということに尽きるわけで、
どの作品でも形を変えてやってしまっている。
独特の「ある一定の~しないとヤバイ状況に陥る」とか
~になってしまったので、~せざる得ない
というシチュエーションを無理矢理設定して、そこに登場人物を放り込む。
そんな状況に陥ってしまった登場人物たちは、
とにかくあたふたと奇妙な行動をしてしまう。

しつこいようだが、三谷さんのどのドラマにも映画にも、
このパターンが応用されている。
逆にこの手法だけでここまでやって来ているのが、ある意味凄い。
magic hour 1

特に初期の頃の「やっぱり猫が好き」なんてのは、
まさに名品で、その後の三谷さんを予感させる粒ぞろいのおかしな作品だらけだ。
芸達者な恩田三姉妹の3人(小林聡美、もたいまさこ、室井滋)の実力もさることながら、
とにかくそのシナリオがバカバカしくて本当に良かった。

例えば…。
・オートロックのベランダに締め出されてしまい、
やむを得ず脱出するためにがんばる「ベランダロックアウト」。
・なぜか喋ることができるという「はまぐりペぺちゃん」が、他のはまぐりに混じってしまい、
探すはめになる。

・銀行にお金をおろしにゆくのを忘れてしまったかやの、
こんな時に限って2人の妹もお金がない、
やむ得ず月曜日までの金欠生活が始まってしまう「お金のない週末」

・3本中、1本だけは得体の知れない毒キノコ?、
それでもどうしてもマツタケが食べたい恩田三姉妹が醜い本性をさらけ出す「マツタケ食べたい」

・泥酔したきみえが無意識のうちに、やたらと変な物を持ってくる話。
最後はカンガルーを持って帰ってきてしまい、騒動に発展した「カンガルーのホリちゃん」

・人間ドックに行った3人の内1人に“要再検査”の提示が出る「要再検査さん」

・明日も朝から仕事だというのに騒音をたてるレイ子にきみえが激怒、
怒りの踊りを披露する「一緒に寝ようよ」

・アルバイトできみえが販売をする事となった子供向けの教材セット、
マニュアル通りに豆腐作りに挑戦をすることになってしまう「きみえのアルバイトと豆腐実験」

・飼い猫のさちこが、幕張の名士である綾小路家の猫との縁談をもちかけられてしまう。

・お裾分けしても、捨てても、どんどん「ギョーザ」が増えていく「ギョウーザがいっぱい」。

・秋は芸術に親しむということで、三姉妹そろってお絵かきで大騒ぎ。
結局、きみえが描いた絵が入選してしまうものの、
ただし年齢制限は小学生までだったので焦る「ゲージュツは爆発だ」

・恩田家の部屋のトイレに篭城してしまった相撲取りの新弟子の話「相撲部屋がやって来た」。


なんとまぁ、おバカなネタばかりなのだろう…、
うろ覚えで書いてはいるけれども、
本当にいろんなシチュエーションドラマの設定をやっているもんだ。
書いているだけで、思い出し笑いをしてしまった。
そういう意味でも、
シナリオ上で実験的な試みがなされていた「やっぱり猫が好き」ではある。
magic hour 3

「個人(集団)を特殊な状況に追い込む」ということにプラスして、
それぞれのキャラクターに、ちょっとした設定上のキズをつけて人間的かつ魅力的にし、
そして、小さなプライドやささやかな見栄のために翻弄されていくという、
なんとも情けない人間たちを上手に描いてきた。

「王様のレストラン」・「古畑任三郎」・「総理と呼ばないで」
「12人の優しい日本人」・「ラヂオの時間」「みんなのいえ」
「笑の大学」「THE 有頂天ホテル」…、
どれもこれも、特殊な状況に追い込まれた哀しく可笑しい人間模様が展開されている。

さて、今回の映画の舞台となるのは、架空の港町、守加護(すかご)。
かつてのシカゴ風の日本の港町。ベタベタのネーミングだ。
とりあえず種田陽平さんによる
「港町が丸ごと建築された日本最大級の超巨大のセット」が美しい。

あらすじとしては、
あろうことか街の顔役(西田敏行)の愛人(深津絵里)に
手を出してしまった手下の備後(妻夫木聡)は命を
助けてもらう代わりに伝説の殺し屋・デラ富樫を探し出すことに。
だが、約束の期日が迫ってもデラは見つからない。
苦肉の策として備後は無名の俳優を雇って殺し屋に仕立て上げようとするのだが…。
magic hour 4

俳優を殺し屋に仕立て上げざる得なくなったというシチュエーションに
追い込まれてしまう主人公…。
「人生のマジックアワーにもかけているんです」と三谷監督は言っているという、
そして、この映画の中では、登場人物それぞれが人生の最高の瞬間(マジックアワー)を
体験するそうだ。
さぁ、どんな映画になっているか、楽しみにしながら6月7日を待ちましょうか。

※ちなみに、今回は、「赤い洗面器の男の小咄」を入れているのだろうか?
『洗面器には水が入っていて、男はそれをこぼれないように、そーっと歩いてくる。
そこで聞いたんです。「失礼ですが、どうして頭に洗面器を乗せているんですか。」
すると…』という内容の話。
(誰もが最後のオチを口にしようとした途端、
必ず何かしらの邪魔が入ったりして話が途切れ、オチはずーっと不明のまま。)
こういう一つのネタが、全く違う作品の中に顔を出してくるのが楽しい。

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magic hour 6

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■「ザ・マジックアワー」のキャスト
 
村田大樹(売れない三流役者):佐藤浩市
手塩幸之助(ギャングのボス):西田敏行
備後登(ボスの手下):妻夫木聡
高千穂マリ(ボスの愛人):深津絵里
鹿間夏子(クラブ「赤い靴」従業員):綾瀬はるか
マダム蘭子(港ホテル女主人):戸田恵子
黒川裕美(天塩商会代貸し):寺島進
長谷川謙十郎(村田大樹のマネージャー):小日向文世
鹿間隆(クラブ「赤い靴」バーテンダー):伊吹吾郎
清水医師(港ホテル滞在客):浅野和之
菅原虎真(天塩商会・会計係):市村萬次郎
高瀬允(かつての映画スター):柳澤愼一
江洞潤(江洞商会会長):香川照之
太田垣直角(天塩の手下):甲本雅裕
今野貴之介(CMディレクター):近藤芳正
西さん(ベテラン特機部):梶原善
野島(操演担当):阿南健治
なべさん(弾着の名人):榎木兵衛
市長:梅野泰靖
警察署長:小野武彦
映画監督:市川崑

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昔、インドのホテルでテレビをつけたら、
シリーズ第1作目の『ランボー』をやっていた。
しかも字幕スーパーは、中国語のものだった。
観ていると、
タイトルの部分の中国語訳が「第一血滴」?と書かれていた。
まさに直訳。
『ランボー』の1作目の原題は、『First Blood』
この原題を日本語で直訳すると「最初の血」となるわけだが、
それは「どちらが先に仕掛けたか」という意味のボクシング用語であり、
そのベトナム帰還兵であるランボーの問いかけがストーリーの底辺に流れている。
ランボー5

さて、シルベスター・スタローンが、
新作『ランボー 最後の戦場』(5月24日公開)のPRのために、
プライベートジェットで来日したというニュースが
目覚ましテレビなんかでも紹介されていた。
羽田空港に午前3時45分に到着。
やたら赤ら顔のスタローンはぼーっとした感じで、
待ち受けたファンたちに、サインを書いたり、
握手をしたりと愛想を振る舞っていた。
きっと、機内でかなりの酒を飲んでのご登場だったのだとは思うが、
こういうおじさんは、イタリアなんかにはごろごろいるんだろうなぁ。
がっちりした体格、そして、素朴かつ不器用で、
笑うとなんだかちょっと愛嬌のあるイタリアのおっさんという感じだ。
もう、61歳になったんだよなぁ、シルベスター・スタローンは。
前作『ランボー3/怒りのアフガン』から20年ぶりに、
ランボーシリーズの最終作を仕上げてしまった。
『ロッキー・ザ・ファイナル』も無理矢理やって、
とりあえずヒットさせてしまった。世界での興業収入1億5500万ドル!
いやはや。頑張っている60代ではある。
ランボー1

でも、やっぱりね、61才ともなると、
身体は、全盛時代とはまったく違うわけで、
顔の皺は目立つし、
自慢の筋肉だって、ぶよぶよとしている。
本当によくやるなぁという印象だ。
リングではぼこぼこに殴られ、
いまだに戦場であるジャングル地帯を傷だらけで疾走していくわけだ。
同じ肉体派俳優でも、
カリフォルニア州知事を勤めるアーノルド・シュワルツェネッガーの
器用な転身ぶりと比較すると、なんとまぁ、不器用なことか。

今回の作品では、
スタローンは、監督、脚本、俳優、プロデューサーの4役をこなしたという。
誰よりも早くセットに来て撮影の準備をし、誰よりも遅く最後までチェックを続け、
そして帰宅しても、深夜まで脚本の手直していたそうだ。

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今回の舞台は、軍事政権の暴挙に世界から注目を集めるミャンマー。
かつてベトナム戦争の英雄だったジョン・ランボーは、
今では、淡々とした生活をしていた。
タイ北部のジャングルから得た毒蛇を売ったり、
ボートで人や荷物の運搬をして生活をおくっている。
しかし、ミャンマーでは、軍による少数民族への迫害が激化していた。
そんなある日、アメリカのキリスト教団体がボランティアで来て、
仕方なく案内を引き受けることとなる。
その中で、少数民族を支援する女性、サラと出会い、
彼女の真っ直ぐな情熱にうたれたランボーだった。
途中で海賊を皆殺しにして目的地へ無事に届けたものの、
数日たって、
ランボーに届いた報せはサラたちが軍に拉致されたというものだった。
救出のために雇われた最新装備の傭兵部隊を、
またも案内をするすることになるランボー。
傭兵たちとともに戦う中で、ランボーが覚醒していく…。

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ランボー2

というわけで、
ランボーシリーズの2作目・3作目と同様に救出劇となる。
「仲間を救出する」という大義名分が、
やっぱり物語を展開するために必要なんだろうなぁ。
本当は、どこにも大儀などは存在しないだろうに…。

今回の作品の予告などでは、
1982年、アメリカ──────自らの尊厳のため
1985年、ベトナム──────幾多の戦友のため
1988年、アフガニスタン──唯一の理解者のため
2008年、ミャンマー─────すべてに決着をつけるため
「最後の戦場は、男に何を与え、何を奪うのか?」
「アクション映画の歴史を変えた大ヒットシリーズ、遂に衝撃の決着へ!」
などという、言葉が画面に表れてくる。

深い悲しみを胸に抱くベトナム帰還兵を通して、
人としての尊厳やアメリカ政治への批判などを含めていた1作目とは、
全然異質の物語ではある。
スタローンがどんなに、この新作に反戦的なものを盛り込もうとしても、
彼が生み出してきたこれまでの作品全体には、
「戦いと勝利」という実にアメリカ人っぽい感性が常に流れている。 
結局、なんやかんや言っても、
激しい殺戮とアクションのシーンに目と心が奪われてしまうのだ。
スタローンという人は、やっぱり不器用な人で、真剣にやればやるほど、
アクションの部分が激しく、凝ったものになっていくようだ。
その結果、反戦をテーマにしたものというよりは、
せいぜい一人の孤独な英雄の戦いの物語ということに帰結してまう。

ランボー3

そういえば、1975年のまだ無名だったころ、
スタローンは、モハメッド・アリの試合に感動して、
3日間で書き上げた「ロッキー」の原作脚本をかかえて、
自身の主演を条件に売り込んでいた。
ご存じの通り、無名の選手がチャンピオンと戦うチャンスを得て、
努力して勝利するというシナリオだ。
フィラデルフィアの街を朝のロードワークに出るロッキーのシーンがいい。
全力で疾走し、もちろんバックにはロッキーのテーマが流れる中、
自分を鍛えているロッキーの姿に、
この当時の大部屋役者だったスタローンの
スターとなっていくイメージがダブって見える。

あの頃と現在でも、
まったくそういう意味では変わらないのではないだろうか?
人間というのは、とことん業の深い生き物だと思う。

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水谷豊は、今から40年前、満月を見ると狼に変身して咆哮していた。
1968年、「バンパイア」のトッペイ役、水谷豊はまだ16才だった。
その6年後の1974年、
水谷豊は、主演の萩原健一に絡んで「アニきぃ~!」と連呼しているチンピラだった。
このドラマ『傷だらけの天使』は、やがて一種の伝説となっていく。
そして、今から30年前、
水谷豊は、小学生たちを前にして、ベタベタの北海道弁+大きな声で
「いーかー、みんなー、センセイの名前は、北野広大です!」と言っていた。
1978年の『熱中時代』だった。
爆発的な人気を誇り、コミカルな身体の動きも抜群だった。
水谷豊、26才。
相棒4

それから時を経て、彼ももう56才。
現在は、知っての通り、杉下右京警部として、亀山薫巡査部長とともに、
事件解決に全力を注いでいる。

「どうして最近になって『相棒』が流行っているのか?」という問いって、
答えるのには、意外にけっこう時間がかかる質問なのではないかと思う。
それは、そもそも『相棒』が流行っている現象というのは、
いくつかのファクターが重なっている上に成り立っているからだ。

とりあえず、『相棒』の勢いは凄い。
なにせ「相棒-劇場版- 絶体絶命! 42.195km」が5月1日から公開され、
その興業収入も、東映の興行新記録を樹立する勢いらしい。
ここぞとばかり、テレ朝も力が入っているようだ。
毎日のように『相棒』の再放送(しかも2話連続で)はあるし、
水谷さんも寺脇さんも、告知や宣伝をかねて、テレビに出ずっぱりだ。
先日には、『相棒』「第1話 刑事が警官を殺した!?」などもゴールデンタイムで、
再び放送されている。
この第1話なんかは、2000年6月3日に放送されたものだ。
もう8年前になる。
主演のふたりも、まだ若かったなぁ。
警察での特命係が置かれている立場や
薫の左遷の理由なんかもよくわかる最初の作品だ。
右京さんもこの頃は、けっこう動きが速いし、
ちょっとワイルドだったりもする。
しかも、この第1話の視聴率は、なんと17.7%。
8年前のテレビドラマの状況を考えても、驚異的な数字だと思う。
相棒2

この当時、脚本を手がけた輿水泰弘さんは、
タイトルを最初「黄金刑事」と考えていたという。
もちろんプロデューサーの松本さんのダメだしで、
タイトルは「相棒~警視庁ふたりだけの特命係」
ってなことにすぐに直されている。
やっぱりね、こっちの方がいい題名だと思う。
『相棒』というタイトルは、実にいい、
シリーズを重ねることに画面に表現される二人の絆、
そしてスタッフの絆などが深みをまして感じられるようになってきている。

また、「特命係」のネーミングは、皮肉も込めて「特別に命令のない係」から。
警察内部としても、窓際部署という意味合いがあるわけで、
当然のことながらそれは世間の共感を呼ぶので、名付け方として正解だ。
(実際、警察にはこの部署もあるそうなのだが…)
おかげで、
東大法学部卒の優秀なキャリア組でありながらも、
その変人ぶりが災いして出世コースから外れた杉下右京警部と、
警視庁のリストラ対象にされた上に杉下と組まざるを得なくなった亀山薫巡査部長。
“人材の墓場”とまで言われた「特命係」に、
追いやられてしまった二人のドラマということで、
物語を転がすことができる。

ついでに、この8年間で、世の中における「負け組的な風景」は、
形を変えていたる所で見かけるし、年々さらにそれは深刻化し増加の一途をたどっている。
リストラや特に仕事を与えられない哀しい窓際的な状況を
無意識のうちにも共感しながら観る大人が、どんどん増えてきているわけだ。
まっ、こういうご時世も『相棒』が支持される遠因にはなっているのだろう。
相棒3

1996年4月に、「王様のブランチ」(TBS系列)がスタート。
寺脇康文は、放送開始から2006年12月まで司会を務めることとなる。
当時の寺脇康文は、役者としての自分に対してある種の欲求不満を抱いていたと思う。
1994年から岸谷五朗と共に、企画ユニット「地球ゴージャス」の公演をしながら、
日本全国を巡るという超多忙での司会業だった。
そんな中、舞台に立ちながらも、
また、顔を売るために本業ではないバラエティの司会をやりつつも、
やっぱり、これといった自分の当たり役を見つけられないまま30代に突入していた。
4年後、自分に行き詰まりを感じていた寺脇康文は、一大決意をする。
一度共演をしたことのある水谷豊へのオファー、
「二人組で、コンビ物の刑事ドラマはできないでしょうか…」
同じ時、水谷豊も『熱中時代』・『熱中刑事』以降、さまざまな役柄を演じても、
結局、自分の当たり役を得ないままにもがいていた。
やがて生まれた、右京と薫が事件を解決していく土曜ワイド劇場での単発3作品。
すべては、ここから始まった。

『相棒』が、なぜじわりと支持されてきているかと言えば、
それは主人公ふたりの人物設定がきちんとできているということに尽きる。
そして、水谷と寺脇が出会った時期も絶妙だった。

頭脳派で、抜群の推理力を見せるものの、
頑固さと少々嫌みにも思える性格の持ち主の杉下右京。
熱血漢で、お人好し、直情型の傾向で、体力がありユーモラスな亀山薫。
互いの性格を補完しあうようなコンビ、
ありがちなんだけれども、わかりやすい人物設定なので安心して観ることができる。
そのうち、この二人を観ているのがしだいに心地よくなってくる。
ふたりの役者が、競い合うようにして自分の当たり役を作ろうとした結果でもある。

今回、映画版で共演した津川雅彦が水谷豊の演技を評して、
「通常、役者ってもんは、セリフ回しに感情を載せるために
大小の落差をつけることに努力するもんなんだが…、水谷君は違う。
徹底して、抑制した言い方をしながら、感情を載せる工夫をしてるんだよ。
うまいことやったなぁ。」と言っている。

確かに、水谷豊の20代から30代の演技は、実にエキセントリックなものだった。
それが、今は、静かな右京となっている。
常に、英国紳士風のぱりっとしたスーツ姿で、
ポケットチーフといういでたちの杉下右京。
水谷本人は、「杉下右京のイメージは、天から降りてきた」とも言っているが、
この冷静な右京のイメージは完全に定着した。

もちろん本来の水谷豊自身はかなり天然の部分があるらしく、
寝ながらくしゃみをして肋骨を痛めたとか、
『相棒』でのティーポットのお茶を肩の高さから手元のカップに注ぐ時、
実は、しばしば飛び散る熱湯で火傷をしているとか…。
妙な失敗談も多い。
そういえば、5月3日の「王様のブランチ」でも、
ゲストとして出演していたのだが、クイズのVTRを観ている時に、
自分の若い頃の姿がでてきたので、笑いながら後ろにのけぞったら、
後ろに置いてあった紅茶のセットをふっとばし、
自分の顔や背広にも紅茶がかかってしまったというハプニングを本番でやっている。
いやはや。
相棒1

ともあれ、寺脇康文が、舞台と並行して行っていた古巣の「王様のブランチ」は、
寺脇さんの明るく温かいキャラを無意識のうちに視聴者に浸透させていた。
舞台やドラマの脇役よりも、このブランチでの司会が薫役のベースとなって、
視聴者にすぐに受け入れられる素地を知らないうちに作っていたのだと思う。

ふたりとも、それぞれの紆余曲折の経路を苦労しながら歩いてきて、
今の役柄を掴んできた。
そのタイミングが絶妙なのだ。

しかも、大事なことは、
制作スタッフ全員でも、二人の相棒のキャラを大切に育ててきていることだ。
プラスして、
共演している寺脇康文さん自身が、水谷豊の大のファンであるという事実もいい。

さらに『相棒』の脚本に関して言うならば、
かなり緻密に作られてきた歴史がある。
輿水泰弘 古沢良太 戸田山雅司…、数多くの脚本家たちが『相棒』の世界を彩ってきた。
内閣の機密費や政治家の自己保身、
人の欲望の行く末、女の悲しみなどなど、
手を抜かずに、社会の問題になっている部分にも硬派っぽく描いてきている。
ようするに出来がけっこう丁寧なのだ。
スタッフの熱意と愛情を感じる。

8年前に種を植えた植物が、大事に育てるうちに、
年々素敵な花を咲かせるようになり、
今年はついに大輪の花を一挙に開かせたというのが、
『相棒』というドラマではないだろうか。
そんな8年間のドラマ作りの実績というか信用とでも言うべきものが、
視聴者に支持される理由なのだろう。

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木村拓哉は、極めて不思議なタレントだと思う。
「SMAP」として、歌は常に売れてきたけれども、
それほど歌唱力があるとは思えない。
そして、ジャニーズのひとりとして、ダンスを披露しても、
これまた、一流かどうかは疑問だ。
しかも確かに格好いいのだが、
できれば、足はもっと長い方がいいと思う。
特に彼の長所と言える「演技力」にしても、
その役柄になりきっているというよりは、
ある意味、いつも木村拓哉でしかないと批判する人もいる。

なのに、木村拓哉はどんな男性タレントと比較しても劣らない、実に魅力的な男である。

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これは、勝手な私個人の推測なのだが、
役者としての木村拓哉をドラマにおいて輝かせるためには、二つの要素が必要だと思う。

その一つは、彼になんらかの道具を持たせて演出するということ。
もう一つは、ドラマの設定の中に、
木村拓哉に相対する強烈な敵の存在が絶対的に必要なのだということ。


この2つの要素がどうしてもないと彼は自分の魅力を発揮しにくくなる。
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役者・木村拓哉。
木村拓哉は、誠実な努力家であり、
真面目で、与えられた課題は出来るようになるまで最後までやり抜く人でもある。
頑固な面もあるものの、礼儀正しく、ドラマの現場ではキャストというより、
スタッフの一員として働くという意識が強い。
ふと気がつけば、大道具のスタッフに溶け込みげんのう(トンカチ)を持って、
セットのとっぱらいをしている時もあるという。

彼は、ご存じの通り、
甘く魅力的なマスクの裏に隠されている内面が、
実に男らしい人物なのだ。

したがって、例えばCMなどで、
木村拓哉がデジタルカメラのNIKON D80を
愛おしげにいじっている姿は、非常にさまになる。
CMの最後に入れられているキャッチコピーは、「名機の資格」
木村拓哉という男のブランドというか価値が、
その「名機の資格」を無意識のうちに保証しているように表現されているわけだ。
そこには女性の存在はなくてもいい。

別にカメラでなくとも、車であれ、パソコンであれ、
男たちが興味をもちそうなアイテムに触れている姿がそれなりにいい。
内面の男らしさがそのツールに、
つい執着してしまった時の香りというか雰囲気というか、
とにかく何か醸し出すものがある。
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そんな彼なので、これまでのドラマでも、
ピアニスト、パイロット、アイスホッケー選手、レーシングドライバー、武士などなど、
アイテム満載の職業に上手に適応してしまっている。
「HERO」なんかでは、検事という役柄上、
職業としてのアイテムやツールがないものだから、
どういうわけだか通販好きというキャラクター設定になってしまっている。
これも、内面がやたらと男っぽい木村拓哉だからなのではないかと思う。
男っぽさは、子供っぽさと紙一重の位置にある。
もし、「HERO」の主役が木村拓哉でなかったら、
通販好きの設定は無意味になるのではないかとも思う。

武士の一分

どうであれ役者としての木村拓哉には、
何らかのツールを持たせた方が、魅力がさらに出る。
その証拠に、
かつて太秦で「武士の一分」を撮影していた時、
武士のアイテムである刀の扱いにのめり込んでいく姿が、あまりにも凄まじいので、
長年時代劇をやってきた大部屋俳優たちや
違う撮影で入っていた大御所の某時代劇役者までもが、
木村拓哉の殺陣の本番を観るのを楽しみにして、
用もないのに大挙して集まってきていたという話は有名な事実だ。

また、「華麗なる一族」(2007年TBS)での万俵鉄平役での木村拓哉は、
このドラマがどれだけ視聴率がよくても、
自分の存在をシンボリックに表現するようなものがないために、
いまいち魅力的ではなくなってしまっていた。
工事現場、ヘルメット、図面、溶鉱炉など男っぽいものはあるけれど、弱かったし、
結局、敵として対立していた父(北大路 欣也)の存在感に助けられていた。

ついでに映画「2046」での木村拓哉が、心もとなげでどうにも変なのは、
彼の前に男を表現する道具も
強大な敵も存在していなかったからだ

月9の視聴率男、恋愛ドラマをさせたら抜群と業界で言われているものの、
不思議なことに、
相手役の女優がどれだけ美人で魅力的なのかどうかということは、
この際あんまり関係ない。
木村拓哉は、女優の器量によって左右されるタイプの役者ではない。

しつこいようだが、
役者・木村拓哉は、
男であるための要素、
男をシンボリックに表すグッズと男の敵が必要な役者なのだ。
木村拓哉という事例は、
ものぐさ精神分析の岸田秀さんではないが、
もともとすでに本能が壊れてしまっている「男という存在」にとって、
「男が男であることを示すことができるのは、
対峙している女性とのかかわりからは生まれない」という典型的な症例なのかもしれない。

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さて、フジテレビ系ドラマ「CHANGE」が5月12日からスタートする。
木村拓哉が総理大臣を演じるということで、春ドラマの大とりという感じだ。
脚本は最近特に好調な福田靖。
それなりの高い視聴率となることだろう。

主人公朝倉啓太(木村拓哉)は、山に囲まれた小さな小学校の先生。
パーマをかけた頭で、「モジャ倉」と子どもたちから呼ばれている。
そんな中、やがて秘書となる美山理香(深津絵里)がやってくる。
総理への道へ、人生がCHANGEしていく…。

さて、ここで気になるのは、
「小学校の教員がなぜ政治家へ転身しなければならないのか」、
というもっともらしい設定はどんなものかということ。
また、政治家としての木村拓哉にとっての道具は何か?
さらに、木村拓哉の敵となる存在の設定は?
彼を担ぐ人間、
彼を操ろうとする人間、
はたまた潰そうとする人間…。
それぞれの立場の人物たちとの関わり方も気になる。
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現在、日本の政治はねじれてしまって、まったりとした停滞感の中にある。
最年少総理大臣となる木村総理が、
つい感情的になってしまう橋下大阪府知事のように描かれるのもなんだかなぁではある。
38歳という史上最年少の知事を誕生させた大阪府民の選択が、
吉と出るか、
凶と出るかはまだわからない。
けれど、トップに立つ人物の不安定な人間性とその感情の揺れを
はらはらしながら見守らざる得ない。
大阪府民にとっては、日々けっこうしんどいストレスになっているのではないだろうか。

政治家には道具も敵も見えにくい。
現在、36才の木村拓哉がどう演じてくれるのかが楽しみだ。
そして、海猿・ガリレオ・HEROとヒットを連発しまくっている脚本の福田靖さんの腕の冴えを
期待したい。きっと予想もしていなかった何かをやってくれるはずだと思う。
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■感謝と訂正について
「木村拓哉さん」というタレントさんは、やっぱり凄い人で、
このブログの記事にたくさんの管理人あての励ましのお言葉などをいただきました。
本当にありがとうございます。
また、その中で、mana様から、「武士の一分」のエピソードについて、
「太秦でのエピソードは「1/47」ではないでしょうか?」というご指摘をいただきました。
確認したところ、そのご指摘通り、「忠臣蔵1/47」での出来事でした。
勘違いでしたので、ファンの方にお詫びして訂正いたします。
また、ご指摘についても勉強になりました。感謝いたします。

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