舞台の効果音

演劇、ドラマ、映画、効果音、音効、サントラ、サウンドトラック、 プレゼン、劇、学校祭、音楽、BGM、SE、音、曲、学芸会、学園祭、発表会など ドラマについてや場面に応じた音楽などの話題を中心としたブログです。

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NHK大河ドラマ『篤姫』が、実にいい。
これはNHKにしても久々のヒットと言って良いのではないかと思う。
1年間にわたる長いシリーズを「起承転結」で分けるなら、
現在は3ヶ月がほぼ終了して、ちょうど「起」の部分が終了したところだ。
前回の「さらば桜島」で、篤姫も故郷を旅立って、まずは京都を目指すことになった。篤姫4

それにしても3月2日放映の「篤姫誕生」で、
視聴率25.3%を叩き出したのを筆頭にして、
とにかく平均20%を越える状態を続けているのが素晴らしい。
これまでになく大河ドラマが期待され、愛されつつあるというわけだ。

回想~母の言葉
「この世のものにはすべて役割というものがあるのです。それは、人とて同じこと。」
今和泉の領地を見つめ、
そして、船上の篤姫のモノローグ:
「母上、私は己の役割を果たしにまいります。」


これは、「さらば桜島」のラストシーンではあるが、
世間も、ちょうど3月、小中高大学、各職場でも、旅立ちの時期にあいまって、
この篤姫が見つめる未来への期待と不安が入り交じった気分を共有している。
とりあえず絶妙なタイミングだ。

時代劇の形をとった「ホームドラマ」と制作サイドは語り、
視聴者もそう感じながら観ているわけだが、
その底辺に流れている心情は、
単純なホームドラマよりも深くて清らかな感じを受けとってしまう。
昨年の「風林火山」のような男たちのどす黒い野心と
権謀術数に比較して、なんとさわやかなことか。
篤姫5

そんな印象を意図的に与えて続けているのも、
この脚本を担当している田渕久美子さんの強烈な力量と意志があってこそなのだろう。
田渕さんはこう語っている。
「最後まで「誇り」と「覚悟」を失わなかった女性、篤姫。
愛する故郷である薩摩が、そして皮肉にも婚礼の仕度役だった西郷が
刃を向けてきたとき、実家よりも婚家を守り通そうとしたその姿勢に、
日本人が失ってしまった、そして、今の日本人になによりも必要な「何か」が
秘められているのではないか。
その疑問への答えを見つけるのが、
脚本家としての私自身の「覚悟」でもあります。」


彼女の脚本家としての骨太の「覚悟」が、
この一見ホームドラマ風の世界の背景にある。
そして、その事実がとてつもなく嬉しい。

また、「篤姫」を観るたびに、
このドラマを作っているスタッフが
非常に良質な集団なのだろうということも伝わってくる。
細部にこだわったセットと効果音、そして、照明チームの品の良さ、
さらには、演出の技術と俳優陣のチームワークが、
これまでの大河に比較しても抜群に優れているのだろう。
篤姫2

さぁ、『篤姫』の未来が少しずつ明らかになってくる。

第12回 3月23日 さらば桜島
第13回 3月30日 江戸の母君
第14回 4月06日 父の願い
第15回 4月13日 姫、出陣
第16回 4月20日 波乱の花見
第17回 4月27日 予期せぬ縁組
第18回 5月04日 斉彬の密命
第19回 5月11日 大奥入城
第20回 5月18日 婚礼の夜

このタイトルだけを見ても、そう簡単には将軍家の婚儀とはあいならないのがいい。
なるべく右往左往しつつ、徳川家の懐に入っていただきたいものだ。
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■ 次回、「江戸の母君」での公開されているあらすじ

徳川将軍家の御台所になるべく、篤姫(宮崎あおい)は、まずは船で大坂に向かった。
荒い波にもまれ激しい船酔いに苦しむなかで、篤姫と幾島(松坂慶子)は、
お互いの絆(きずな)をさらに深めあった。
途中、京都の近衛忠熙(春風亭小朝)にあいさつに行く。
そこで幾島は、家祥(堺雅人)は公家の娘を正室にするという噂があると
老女・村岡(星由里子)から聞き、大いに驚く。
ようやく江戸に着いた篤姫らは薩摩藩邸に入るが、
斉彬の正室であり形式上は篤姫の母となった英姫(余貴美子)と会えない日々が続く。

さて、江戸城では、斉昭(江守徹)が、篤姫を大奥に入れることに反対を示し、
老中・阿部(草刈正雄)らを困らせていた。
一方、薩摩では、尚五郎(瑛太)が江戸に行きたいと願っていた。
しかし、斉彬(高橋英樹)に選ばれ江戸へ向かうことになったのは西郷(小澤征悦)であった。
尚五郎は意気消沈するが、お近(ともさかりえ)から、
薩摩でしか出来ないことをすべきではないかと励まされる。
とうとう篤姫は、英姫との対面がかなう。
しかし、英姫は、篤姫ごときが御台所になれるわけがなく、
すべては斉彬の妄想だと冷たく言い放つのであった……。
幾島は、事の真相を突き止めようと決意する。

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篤姫3

自分の立場、責任を自覚した篤姫の行動が、
やがて江戸無血開城に大きな役割を果たしていくとするなら、
そこに至るまでも、
篤姫は数多くの決断を自分の役割を意識しながらしていくのだろう。
そのそれぞれの瞬間での宮崎あおい演じる「篤姫」の心情の表現を楽しみにしたいものだ。

「篤姫」が未来に見せるであろうその表情を思い浮かべていると、
日本人にとって、「自分の立場、責任を自覚した行動」というものが
いかに美しいものであるかということがよく分かる。

さらによく考えて見渡してみれば、
自分の身の回りにもけっこう「篤姫」っぽい人間がいるのではないか?と思えてくる。

あながち日本人もダメじゃない。
それどころか、
なんと愛おしい人々なのだろうかと思えてくるから不思議だ。
醜く惨たらしい現実のニュース報道や
身の回りの自己中心的な人々の言動に、負けてはいられない。

今の日本人が無意識に求めているものが、
「篤姫」には表現されているのではないだろうか。

「薔薇のない花屋」での野島伸司もラストをハッピーエンドに帰結させた。
これも、時代の空気を敏感に感じ取る彼ならではだ。
バブルがはじけた直後のころならば、
もっとどす暗い「薔薇のない花屋」のエンディングが用意されていたはずだ。

今の時代が無意識に求めているのは、
「清らかな何か」なのではないかと思う。

逆に言うなら、
口臭がやたらと気になるおじさんのように、
知らないうちに、自分や周りの精神状況が荒んでしまっていることに気がつき、恐れおののいて、
ちょっとあせっているのだ、今の日本人は。

青臭いかもしれないが、
日本の国に生まれた人間にとって、
やっぱり拠り所とすべきは「篤姫」に描かれているような潔い「気概」
もしくは「覚悟」というものにあるのだろう。

ダメダメな自分を省みながら、まっ次週も楽しみにしましょうか。

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篤姫6


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コメント

なんか・・・見てなかったのが残念に思えてきました(^^;;;




鹿児島人なのに(^^;;;;;;;
2008/03/25(火) 17:31:36 | URL | なつみ #-[ 編集]
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