お久しぶりに日野原重明先生を見た。
96才、かくしゃくとしてお元気そうでなによりだった。

「SMAP×SMAP'08 2週連続2時間スペシャル!!!
メダリストもやって来た!名勝負スポーツ祭り」を遅い夕食をとりながら見てしまった。
そのビストロSMAPのゲストに、浅田真央ちゃんと、
聖路加病院の院長である日野原重明さんが出演していた。

あの事件から、もうすでに13年の歳月が流れている。
平成7年3月20日午前7時50分、
地下鉄日比谷線「小伝馬町駅」で起きたサリン事件。
本当に悲惨な事件だった。
異臭からはじまって、続々と倒れ、うめき声をあげはじめた地下鉄の乗客や乗務員たち。
突如、凄まじいパニック状態となった小伝馬駅構内。
何か禍々しいほどの危険なガスが流れている。
もがき苦しむ患者たちを目の前にして、
駆けつけた救急隊員もその不気味な症状に圧倒されていた。
何人もの罪のない市民たちが、一瞬にして意識を失って倒れていた。
しかも原因不明。
筋肉の麻痺で呼吸が止まりかけている患者たち…。
救急隊からの悲鳴のような通報が、近隣の救急病院に届いてはいたが、
各病院としてもどう対処していいかも分からない。
そんな時に、敢然と立ち上がり、数多くの患者を真っ先に受け入れたのが、
日野原重明院長が指揮する聖路加病院だった。

豪華で、巨大な礼拝堂まである施設、それが聖路加病院だった。
建築当時は、あまりにもコストがかかりすぎで、ベッド数や投薬をどれだけ増やしても、
その資金の元はとれないと批判された病院でもあった。
だが、その礼拝堂やいたるところの施設に、
地震などでの救命作業をすでに想定して酸素の配管が施されていた。
すべては、院長である日野原の指揮によるものだった。
その結果、
なんと100名以上の救急患者を迅速に収容し、治療にあたることができた。
原因を「サリン」とすばやく断定できたのも、
また、急遽、解毒剤を用意できたのも、
日野原先生に育てられた医療チームの力によるものだった。
この事件における聖路加病院スタッフの救急活動の凄さについては、
NHKの『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』においても取り上げられている。
世の中には、尊敬するに足る人物が存在しているのだと思うが、
日野原重明さんは、そのひとりとして挙げてよい人ではないかと思う。

58歳の時に遭遇した「よど号ハイジャック事件」。
波乱万丈の人生。
60才以降は、命をもらったのだと語っている。
だから、
その自分に授かった命を、人のために尽くしたいと願って、
行動を続けてきた後半生。
著書は多数あるが、『生きかた上手』や『死をどう生きたか』などには、
特に日野原さんらしさが伺える。
「僕もね、何度も重い病気をしたの。
最初は10歳の時の急性腎臓炎。、大好きだった運動も一年間禁止。
でも、デメリットというのは、後できっと役に立つ時がくるし、
悲しい思いをすれば、友達の悲しみがわかるようになるんですね。
失敗や不運な経験は、それを生かし、
感性を磨く準備をしていると思ったほうがいいでしょうね」
日野原さんの人生に裏打ちされた彼らしい言葉だと思う。
スマップのメンバーの料理を瞬く間に食べてしまった日野原さん。
元気ですね〜。
長生きしてください。

96才、かくしゃくとしてお元気そうでなによりだった。

「SMAP×SMAP'08 2週連続2時間スペシャル!!!
メダリストもやって来た!名勝負スポーツ祭り」を遅い夕食をとりながら見てしまった。
そのビストロSMAPのゲストに、浅田真央ちゃんと、
聖路加病院の院長である日野原重明さんが出演していた。

あの事件から、もうすでに13年の歳月が流れている。
平成7年3月20日午前7時50分、
地下鉄日比谷線「小伝馬町駅」で起きたサリン事件。
本当に悲惨な事件だった。
異臭からはじまって、続々と倒れ、うめき声をあげはじめた地下鉄の乗客や乗務員たち。
突如、凄まじいパニック状態となった小伝馬駅構内。
何か禍々しいほどの危険なガスが流れている。
もがき苦しむ患者たちを目の前にして、
駆けつけた救急隊員もその不気味な症状に圧倒されていた。
何人もの罪のない市民たちが、一瞬にして意識を失って倒れていた。
しかも原因不明。
筋肉の麻痺で呼吸が止まりかけている患者たち…。
救急隊からの悲鳴のような通報が、近隣の救急病院に届いてはいたが、
各病院としてもどう対処していいかも分からない。
そんな時に、敢然と立ち上がり、数多くの患者を真っ先に受け入れたのが、
日野原重明院長が指揮する聖路加病院だった。

豪華で、巨大な礼拝堂まである施設、それが聖路加病院だった。
建築当時は、あまりにもコストがかかりすぎで、ベッド数や投薬をどれだけ増やしても、
その資金の元はとれないと批判された病院でもあった。
だが、その礼拝堂やいたるところの施設に、
地震などでの救命作業をすでに想定して酸素の配管が施されていた。
すべては、院長である日野原の指揮によるものだった。
その結果、
なんと100名以上の救急患者を迅速に収容し、治療にあたることができた。
原因を「サリン」とすばやく断定できたのも、
また、急遽、解毒剤を用意できたのも、
日野原先生に育てられた医療チームの力によるものだった。
この事件における聖路加病院スタッフの救急活動の凄さについては、
NHKの『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』においても取り上げられている。
世の中には、尊敬するに足る人物が存在しているのだと思うが、
日野原重明さんは、そのひとりとして挙げてよい人ではないかと思う。

58歳の時に遭遇した「よど号ハイジャック事件」。
波乱万丈の人生。
60才以降は、命をもらったのだと語っている。
だから、
その自分に授かった命を、人のために尽くしたいと願って、
行動を続けてきた後半生。
著書は多数あるが、『生きかた上手』や『死をどう生きたか』などには、
特に日野原さんらしさが伺える。
「僕もね、何度も重い病気をしたの。
最初は10歳の時の急性腎臓炎。、大好きだった運動も一年間禁止。
でも、デメリットというのは、後できっと役に立つ時がくるし、
悲しい思いをすれば、友達の悲しみがわかるようになるんですね。
失敗や不運な経験は、それを生かし、
感性を磨く準備をしていると思ったほうがいいでしょうね」
日野原さんの人生に裏打ちされた彼らしい言葉だと思う。
スマップのメンバーの料理を瞬く間に食べてしまった日野原さん。
元気ですね〜。
長生きしてください。





こんにちは、永岡です。
充実し過ぎかなと思うくらいに
中身の詰まった記事を拝見して
いつも楽しく刺激を受けています。
さて今回は日野原先生の登場ですね。
私は仕事でお付き合いがあるのですが
普段の表情は相当に恐いですよ。
周囲の人間は振り回されるばかりです。
もちろん悪口ではなくて
それくらいに活動的・精力的なのです。
時折にっこりされると
TVや雑誌などで御馴染みの表情で
私も気持ちが優しくなるのを感じます。
こんばんは!
SMAP×SMAPは毎週楽しみにしている番組ですが、日野原さんがビストロに出るということでよけい楽しみにしていました。
日野原さんに関するいろんなエピソードはあらゆる方面で聞くことができます。最近読んだ乙武洋匡さんの著書の中で、日野原さんと対談した話が書いてありました。「さすがに96年生きてきた人の語る言葉には説得力がある」・・・と感じたそうです。
やはり、経験に勝るものなし。人生経験に裏づけされた確かな言葉は、迷いをもつ人の心に響くものがあるのだと思います。