木陰からこぼれる月明かりの中、
森のピアノは、深く豊かな音を響かせていた。
無垢に、ただ純粋にそのピアノを弾く少年のシルエット。
本当は、捨て去られたピアノだった。
本当は、絶望という音色が鍵盤に染みこんでいたはずだった。
前の持ち主の挫折と栄光
なによりもまして音楽に対するだだならぬ情熱も封じ込められていたピアノだった。
それなのに、
壊れて音の出ないピアノが、
今、森の命の中で少年とともに再生を遂げる。
今、失われた音がよみがえる。
少年の名は一ノ瀬海(いちのせかい)
娼婦の母と不幸と天才的なピアノの才能。
赤ん坊の頃から、グランドピアノをベッド代わりに…。
無意識に磨かれる音楽的才能。
ピアノの道を志す努力肌の同級生雨宮との出会い。
森のピアノの持ち主だったかつての天才ピアニスト阿字野。
そして、ピアノコンクール。
圧倒的な輝きを放つ一ノ瀬海のピアノの音色。
拍手。
表現する喜び。
物語は、新たな段階を迎える…。
『ピアノの森』は、一色まことさんの作品です。
森の中で少年がグランドピアノを弾いているというイメージを手にした段階で、きっとこのお話のベクトルは決定づけられていたのだと思います。
いい話ですよね。
憧れてしまいます。
9年前にスタートした青年雑誌に載っていたマンガだったのに、
今年の7月にアニメ映画として登場してきました。
『ピアノの森』のマンガの新刊がでてしまうと、しばらく待てど暮らせど、次の巻は現れてこない。本屋に行くたびに、ちらりとそのコーナーを眺めてはがっかりして帰る。そんな繰り返しでした。
ついでに海が弾くピアノを自分なりに想像したぐらいにして、ただ時間だけが過ぎてしまう。
それが、もう9年になってしまいました。
『のだめカンタービレ』も音楽マンガですが、『ピアノの森』と決定的に違うのは、「美というものに対する描き方の比重の差」なのかもしれません。
野田恵や千秋の奏でる音楽は、きっと素晴らしいに違いないけれど、なんとなく想像できる。
ところが、一ノ瀬海が本気で弾くピアノの音色は、見上げた空のずっと向こう側にあるような…、というか、はっきりと分かってしまうと興ざめしてしまうおそれを感じてしまうような…。
そんな感じがさせられる理想とも夢とも限定できない何か…それが、森のピアノの音なのでしょう。
しがっって、今回のアニメ化での最大の難所は、巨匠ウラディーミル・アシュケナージの弾くピアノがどんなものなのかということでした。
恐いもの見たさで行った映画の『ピアノの森』のサントラをあらためて聴いてみると、よくぞ創ったものだと感心してしまいます。
映画のメインテーマ「Forest of the Piano」は、非常に幻想的で、
きっとこういう音が森に響いていたにちがいないと観客に思わせてしまう妙な説得力がありました。
このサントラの曲の中で、少なくともメインテーマだけは成功していると思います。
ティーンエイジのどこかで、
人は「芸術的に美しいもの」と限りなく隣り合わせであるのにもかかわらず、なぜか自分の手にすることのできないもどかしさを感じた経験をもっているのではないでしょうか。
ふとしたギターの弦の振るえですら、心が動いたり、
ふと目にした空の青さに、しばらく立ちつくしていたり、
だから、努力家で、森のピアノの音に怯え・憧れるピアニスト雨宮の視点は、まぎれもなくティーンエイジの私たちが持っていたはずの震えるようなあの感覚からくるものです。
ティーンエイジのあの「切ないもどかしさ」は、どんな大人の心にもあって、それはふだんの生活の中で強固に封印されてしまっています。
この『ピアノの森』の物語は、そんな封印を解く一つの大切な鍵なのではないかと思います。
■収録曲一覧
1 Forest of the Piano (advanced version)
(映画「ピアノの森」メインテーマ)
2 カイの森
3 禁じられた遊び
4 意地っ張り
5 ときめき
6 カイと修平
7 輝き
8 希望
9 木漏れ日
10 迷い
11 すれちがい
12 哀愁
13 絆
14 流れ
15 距離 l
16 亡霊
17 ウェンディワルツ
18 確かなこと
19 光
20 想いの果てに
21 Forest of the Piano (simple version)
22 ベートーベン:エリーゼのために)
23 ショパン:ワルツ第6番 変ニ長調 Op64-1「子犬のワルツ」
24 ショパン:ピアノ・ソナタ第3番ロ短調
作品58~第4楽章 フィナーレ:プレスト・ノン・タント
25 バッハ:イタリア協奏曲ヘ長調 BWV971~第3楽章 プレスト
26 モーツァルト: ピアノ・ソナタ第8番イ短調 K.310(300d)
~第1楽章 アレグロ・マエストーソ
27 モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番イ短調 K.310(300d)
~第3楽章 プレスト[カデンツァ(アレンジ:篠原敬介)]
28 Forest of the Piano (orchestra version)
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