舞台の効果音

演劇、ドラマ、映画、効果音、音効、サントラ、サウンドトラック、 プレゼン、劇、学校祭、音楽、BGM、SE、音、曲、学芸会、学園祭、発表会など ドラマについてや場面に応じた音楽などの話題を中心としたブログです。

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1958年、黒澤明監督のオリジナル映画『隠し砦の三悪人』が世に出た。
それから20年を経て、
1978年、『隠し砦の三悪人』に影響を受けたジョージ・ルーカス監督の『STAR WARS』
が出現した。
さらに、その30年後、
2008年、樋口真嗣監督の『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』の登場となった。
隠し砦の三悪人6

映画『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』を観た。
スタッフが非常に頑張って、良い仕上がりになっていたのではないかと思う。
見栄えもするし、外人受けするような映像にもなっていた。
ただ、舞台でも、映画でも、本来的には下手でもオリジナルの方がやはりいいと思う。
どんなに上手に作っても,
リメイクは、ある種の模倣にすぎない。

ただ、今回良かったのは、織田裕二の『椿三十郎』のような完全リメイクをせずに、
黒澤明監督のオリジナル版での主人公「真壁六郎太」に替わり、
オリジナルキャラクターである武蔵(松本潤)が主人公にするなどして、
なるべく独自なシナリオの展開をしているのがいい。
『STAR WARS』が素晴らしいのは、
たとえ黒澤監督の『隠し砦の三悪人』に影響を受けて、
冒頭シーンやラストシーン、
そして、さまざまなシーンやキャラクター設定について類似している部分があるにしても、
基本的には、換骨奪胎の上に成り立つオリジナルであるということだ。

黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』に出てくる太平と又七が
C-3POとR2-D2のモデルであるという事実は、
ルーカスご本人がおっしゃっているので、大変有名だが、
もしそのことに触れなければ、ロボットだし、世間の人間はなかなか分からない。
(また、設定上の「ジェダイ」が日本語の「時代(劇)」からきていたり、
キャラクターの「ヨーダ」が「依田(先生)」からとられていたとしても、
それは関係ない。)
男勝りのさわやかな性格やまっすぐな正義感を持っている雪姫のイメージが
レイア姫へと変化しても、これまたいいのだ。

ところが、今回の樋口真嗣監督の『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』は、
黒澤監督版の作品と『STAR WARS』をあえて確信犯的に組み合わせて作ってしまった。
佐藤直紀さんの効果音にしても、
『STAR WARS』のサウンドトラックの類似したものを
あえて意図的に作るはめになっていた。
もし、佐藤さん自身がこの映像に対して、
オリジナルの意識で作曲をすればもっと違う良いものになっていただろうと思う。
隠し砦の三悪人3

ましてや、椎名桔平さんの演じた鷹山刑部が、
誰が観てもダース・ベーダーであるようになっている演出は、
どれほど『STAR WARS』へのリスペクトがあったにしても、
やらない方が良かったと思う。
逆に、できればもっと凶悪な存在を生み出してほしかった。
六郎太(阿部寛)との対決シーンも、
当然、オビワンとダース・ベーダーとの対決を背景にしているので、
殺陣の効果音もライトセーバーが唸りを上げているような音を使っていた。
迫力があるし格好いいのだが、これっていいようで悪い。
残念ながら、映画のクオリティーが下がってしまうような印象を受けてしまう。
ともあれ、
映像は、綺麗だし壮大で、スピード感もある。
役者はそれぞれ頑張っていて、魅力的だった。
したがって、全編通してそれなりに楽しむことができる作品になっている。
隠し砦の三悪人1

でも、見終わって残念なのは、
樋口真嗣監督自身が、黒澤監督作品のリメイクというプレッシャーに耐えながらも、
作品作りの中において、自分らしさや真のオリジナルを表現する一歩手前で、
作業を満足して終えてしまったことなのではないだろうか。

樋口真嗣監督は、画コンテの才能に恵まれているらしく、
それこそ非常に多くの映画に画コンテを提供している人だという。
庵野秀明が友人で、『新世紀エヴァンゲリオン』の主人公碇シンジの名前も
「真嗣」から来ているということも有名だ。
役者やスタッフからは、「樋口監督は、熱い!」とも言われたりもする。
また、細かなCG画像にも強く、忍耐強く一つ一つの絵柄を完成させていく。
ただ、最近ではやたらと太ってこられたし、
なんとなく実にオタクっぽい人なのかなぁと思ってしまう。
したがって、映画制作に関しても、
こだわりがある部分もオタクならではの趣味が入っているような気がする。
もしかしたら、部分にこだわりすぎて全体が見えていない時があるのでは。
かつて樋口監督は、「日本沈没」が好きで、自分自身でリメイクした。
ただ、草君と柴咲さんとの組み合わせで、なんとか収益をだしたものの、
関係者からは失敗作だとも言われている。
その失敗の原因は、個人的に推測するに、
樋口監督の映像は得意なのだけれども、
ストーリー展開や感動させるツボについての感覚が弱いという点にあるのだろう。
隠し砦の三悪人5

「武蔵の2時間のドラマの中での心の変化や成長」
「雪姫の理想や不安」と「庶民の生きざま、群像」
「鷹山刑部が『徹底した悪』であるための設定理由の弱さ」
「武蔵と雪姫の恋愛感情の推移」
などの貫通するシナリオ上の大事なファクターが、
爆発シーンやアクションシーンに埋もれて、中途半端になってしまっている。
それが露骨に表れているが「ラストシーン」なのだと思う。
金塊を託した百人の百姓たちなどとの再会と武蔵との別れを
ここまで来たらもっときちんと、または大げさに演出すべきだったのだろう。
その中途半端さ故に、
武蔵と雪姫がかわす大事なキーワード「裏切りご免」も
とってつけたようになってしまった。

なんやかんやと注文をつけたくなるものの、
樋口真嗣監督の映画『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』は、
それでも、エンターテイメントとしてはけっこういい映画だとは思う。


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隠し砦の三悪人4



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