舞台の効果音

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映画「クライマーズ・ハイ」を観ることができた。

原作は、ご存じの通り作家の横山秀夫さんが、
かつて上毛新聞の社会部記者としての経験をベースに、
1985年に起こった日航機墜落事故の報道に全力を尽くした人間たちを描いたもの。
2005年の12月にNHKでも、佐藤浩市の主演でドラマ化されている。
今回は堤真一主演と原田眞人監督のコンビによって映画化とあいなった。
クライマーズ・ハイ14

映画を観た後の率直な感想としては、
何とも言えない不完全燃焼感が残ってしまうという感じだ。
かなり頑張って作っている作品なのに…。
何がダメなんだろうか?
脚本か?
編集の仕方か?
一種のサービス精神か?

少なくとも、新聞記者たちの熱いぶつかり合いは描かれていた。
これは素晴らしい。
「主人公の悠木は映画監督である自分そのものでもある。
わたしが原作に一番共鳴したのは、
何かを伝えたいと思っている連中が、
己の信念をもってみんなでぶつかりあっているところ。
こういう熱さ、それを今の若い人たちは、
熱いというだけで避けてしまうところがあって、
そういう若者へ向けて、
働く現場でとにかく愚直に働くことが大事だ。」
と、原田監督は学生たちに向けて語ったりもしている。
クライマーズ・ハイ

もちろん、熱く必死に報道に挑む主人公の悠木の姿には、
作者の横山さん自身の思いも投影されている。
横山さんは、平成3年に新聞社を辞めたあと、
日航機事故を題材とした小説を書こうとしたが、とうとう書けなかったのだという。
あれだけの大事故を経験したのに書かないのはもったいない、
という浅ましい思いもあったらしいのだが、
どれだけ自制して書いても、
「俺はあの現場を見た。」
という新聞記者の自慢話にしかならないと思えて断念したのだという。
それを小説家になって十数年たって自分の筆力を高めた上で、やっと作品にし、
ついには、テレビ化、映画化された。
そんなわけで、
すでに小説の中に盛り込まれている作家としての精神性の高さは、
しつこいかもしれないが素晴らしいものがある。
したがって、映像化された場合、仕事に立ち向かう様々な人間たちの群像劇としては、
非常に優れているのではないかと思う。
しかし、
けれどもだ。
映画としての面白いかどうかの基準に照らし合わせてみると疑問が残る。
クライマーズ・ハイ3

その第1点目としては、
現在の衝立岩を登山している悠木のシーンと
回想シーンである1985年の日航機墜落事故の報道に励むシーンが、
互いに効果を上げていない。
これは、構成と編集の仕方の失敗なのではと思う。
とにかく非常に冗長な感じを受けてしまう。
それに派生して、主人公悠木の「履歴」がきちんと描かれていないために、
妻や子供に対しての思いが上滑りになってしまっているのが残念だった。
原田監督としては、
「僕なりに強調しようと思ったのは、親と子の愛憎の部分」とは言っているものの、
悠木と息子の淳、
白河社長と悠木の関係性
悠木と自分の母への思いなども消化不良の感が否めない。
後半で、スクープを打たない理由として、
母と観た映画での「ダブルチェック」を盛り込んでいるが…、
それも唐突であり甘い。

したがって、そんなゆるさがあるために、
ここ一番で、
悠木が息子からもらった石を何度も見つめたり、握りしめても、
感動につながりにくい。
いやはや。
予告編であるトレーラーの方が、緊迫した感じの好印象を受けてしまうので、
そう考えるとやはり本編の編集の仕方に問題があると言わざる得ない。
クライマーズ・ハイ8

また、第2点目としては、
クライマーズ・ハイというタイトルが示す通り、
「登山用語」を
「報道という仕事」に対する比喩として随所に台詞などに入れているが、
それがイマイチ的を得ていない。
例えば、
「クライマーズ・ハイ」は、
「登山中に興奮状態が極限にまで達し、恐怖感が麻痺すること」であり、
映画では
「1985年8月12日、群馬県御巣鷹山にJAL123便が墜落からの1週間の興奮と混乱」
を比喩しているわけだが、それがあんまり鮮明ではないも残念。
それに関係して、「山=事件」のシンボルになっている衝立岩が問題だ。
現在のシーンで、悠木は死んだ友人安西の息子と衝立岩にアタックしているが、
この谷川岳の衝立岩が難所中の難所で、
過去780人もの死者を出しているほどの厳しい断崖絶壁には見えないのも痛い。
せめて、
現在の衝立岩を登ることがどんなにスリリングで恐ろしいことなのかを表現できたら、
1985年当時の事故報道という山も、
関係者にとってどんなに恐ろしいものであったかが効果的に表現できただろうに…。

ついでに、この友人の「安西」という名前も、
「アンザイレン」( 困難な岩壁や氷壁を登る際に互いをザイルで結び合い、
危険を共にすること)から名付けられたのではないかと、勝手に思っているが、
そんなシンボリックな意味合いも不発に終わっている。
クライマーズ・ハイ11


さらには第3点目としては、
新聞記者の世界を描く上で、観客に対してのサービス不足がある。
例えば
悠木が上司に向かって、激しくぶつかるシーンの台詞で、
「オオクボ・レンセキの仕事が…」などとよく出てくるが、
聞いているだけではかなり分かりにくいのではないかと思う。
活字ならば、「大久保・連赤」となるわけで、
「大久保清」と「連合赤軍」のあの事件か!と伝わることは伝わる。
ただ、その事件の意味や内容については世代によってはわからないはずで、
そんな部分があるというだけでも辛い。
社会部、文化部、整理部、販売部などなど、
新聞社の組織構成などについてもなんとなくわかるものの、
現場における〆切り時間の意味合いと重みなども説明が足りない感じだ。

ともあれ、
「未曾有の大事故を報道する地元新聞記者たちの愚直なまでのひたむきさ」を
きちんと描いていたのは、賞賛されていいのではないかと思う。
社内の状況が緊迫感をすべての役者で同時進行かつリアルに表現した演出は、
素晴らしい。
特に、
堺雅人が演じる県警記者クラブに詰める佐山は、
存在感があって良かったと思う。
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クライマーズ・ハイ4

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■ やや長めのあらすじ

1985年8月12日、
翌日の朝刊作りに励んでいた新聞記者の悠木和雅。
この日、悠木は19:36分発の電車で、販売部の安西と谷川岳に向かう予定だった。
そんな時、 県警記者クラブに詰める佐山達哉から連絡が入ってきた。
「ジャンボが消えた!」
群馬県御巣鷹山にJAL123便が墜落、
死者520人の大惨事が起こったのだった。
クライマーズ・ハイ10

前橋にある北関東新聞社では、
白河社長の鶴の一声により、
一匹狼の遊軍記者悠木が全権デスクに任命された。
この大事故を報道する過酷な紙面作り、
彼の闘いの日々が幕を開けた。
悠木は県警キャップの佐山らをさっそく事故現場へ向かわせるが、
そんな時、登山するはずだった無二の親友安西が
クモ膜下出血で倒れたとの知らせが届く…。
現場発の記事にこだわる県警キャップ佐山とのやり取り、
過去の栄光にこだわる社会部長らとの軋轢、
事故原因特定の特ダネを打つかどうかの駆け引き……。
部下からの不信感、
上司からの嫉妬、
組織と個人、
仕事優先のために崩壊させてしまった家庭…、そして、息子。
絶えず緊迫し続ける社内状況と
中年男の疲労感…。
未曾有の大事故を報道する地元新聞記者たちの
興奮と混乱に満ちた1週間を描く。
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