舞台の効果音

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美しい少女が剣をもって、
凛と立っている。
研ぎ澄まされたその眼の
鋭さとあやうさ
 
時は徳川幕府初期、
太平の世を作り上げるため、
小幡月斎に育てられた
天才的刺客
少女「あずみ」の戦いを描く。



江戸幕府創設とともに必要とされなくなった武士たち。
その憤りと、不満、不燃焼感、
行き場のない野心は、人の死と悲しみを量産し続けていた。

月斎によって育てられた
少数精鋭の暗殺集団とそのの1人である「あずみ」

人を遥かに超える動体視力と俊敏さを兼ね具え、
太平の世を作るという美名のもと、
月斎に命ぜられたままに、
一緒に育った仲間までも斬らざるえなかったあずみ。

正義という美名のもと、
刺客としての修羅の道を突き進むあずみ。
己のそばにいる心優しき者たちは、常に敵の生け贄となっていく。

苦悩、
孤独、

その苦しみを振り払うような剣の冴え
今も、凛として敵に対峙するあずみ。
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ふと書店に立ち寄ったら、「あずみ」43巻が店頭に並んでいた。
43巻かぁ、この物語はどこまで続くのだろう?
なぜ、物語をいいかげん終結させないのか?

それこそ、ぐだぐだ自問自答しているうちに、
気がつけば買ってしまっていた。
いやはや。
物語というものにも、それなりの命というものがあるなら、
すでにもうゴールに到達してしまっていい段階にあるマンガではある。
間違いなく「あずみ」の物語は、そのゴールを突き抜けてしまっているのだ。
なぜかわからないが物語は続き、主人公あずみは苦悩しながら、今日も人を斬っていく。

本当に、
漫画家小山ゆうは、今、何を考えているのだろう?
実に気になる。

小山 ゆうは「さいとうとうプロダクション」でのアシスタントを経験の後、
1973年、「週刊少年サンデー」に掲載された『おれは直角』でデビューした。
1998年(平成10年)には、
第43回小学館漫画賞一般向け部門を『あずみ』で受賞している。

過去の主だった作品群を紹介すると
おれは直角
がんばれ元気
お~い!竜馬
チェンジ
スプリンター
愛がゆく

どれもが、素晴らしい作品ではないかと思う。
小説というジャンルが衰退している中、
1970年代あたりから、この30年~40年間のマンガ家たちの才能は、
飽くことなく次々と独自の物語を生み出してきた。

小山ゆうさんの場合、やはり独自の個性があり、
特に少年の描き方が非常に巧みである。

その個性は、デビュー作の『おれは直角』において萌芽が見られ、
後年『お~い!竜馬』で開花している。

どの作品にも共通して言えることは、
主人公たちの「眼」が澄んでいて美しいし、
どこかもの哀しいものを秘めている。

だが、しかしなのである。

それにしても、この「あずみ」の物語の展開の仕方は解せないものがある。
調べてみると、あるインタビューで小山ゆうはこう答えていた。
-------------------------------------------------------------------
①ヒロイン「あずみ」を描いた理由。
「ずっと男を描いてきて、僕の中での理想像というのがあるんです。
それが坂本竜馬で、これまでも『おれは直角』でも
どこか竜馬のような要素があったわけで。
で、『お~い!竜馬』で竜馬を描いちゃったでしょ。
そうすると、男のいちばん好きなのは描いちゃったから、
次には何をやるにしても、女性でいこうと。」

②「あずみ」が江戸時代の刺客である理由
「漫画家になる時に、自分はこれを描きたい、というのがあるんですね。
笑ってもらいたい、泣いてもらいたい、感動させたいとかいろいろある。
僕の場合は、何よりも闘う武士を描きたいというのが最初にあるわけで、
僕の作品は全て闘っているんですね。
その中でいちばんイメージに合うのはチャンバラかな。
東映時代劇を見て育った世代なんで、いちばん感性に合ったというのはあるんです。」

③これからの「あずみ」の展開
「『がんばれ元気』のときは、
だいたい最終回まで大きなイメージを決めてやったんです。
その次の作品でもだいたい決めてやっています。
『あずみ』が初めてですね、決めてないというか、考えてないのは。」

「とにかく強いヒロインを描きたいというだけです。
僕にもこの先どうなるかわからないしね。
いいかげん斬るシーンを描き飽きたというくらい描いたら終わりますよ(笑)。
『お~い!竜馬』の頃から斬るシーンを描きたかったんだけど、
竜馬は人を斬ったことがないから、描けなかったんですよ。」
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物語のゴールを決めないで進めているのか…。
そんな作り方をしていたとは、驚いた。

特に「いいかげん斬るシーンを描き飽きたというくらい描いたら終わりますよ」
という返答については、驚きを通り越して悲しくなる。

あの美しい「眼」を表現し続けてきた作家が、
なぜ、「あずみ」についてはこのような制作スタイルをとっているのかは、
さらに疑問が深くなってしまう。

金銭的な背景があるのか?
それとも、小山ゆう自身がこの作品を描くことに何らかの喜びがあるのか?

考えてみれば、この作品の描かれ方には、
間接的な「性描写」があるように感じる。

男を描き続けてきた果てにたどり着いたのは、
小山ゆう本人の「アニマ」(理想的女性像)なのだろうか。

そう考えると、あずみが恋をしかけた若者たちは、
あっという間に、敵によって殺されている。

いやはや。
無意識のうちに作家は自分の性的な嗜好を表現してしまっているわけだ。

表現することは、作者の「生」が全面にでるわけであり、
そして、
「性的な嗜好」もまた思わず表出されてしまう。

そんな小山ゆうの感覚を背負って
映画では、上戸彩が、
上手になちこと小栗旬を斬っているし、
ばたばたイケメンたちが死んでいった。
そのパターンは「あずみ2」でも同じだった。

キャスト
あずみ-上戸彩
ひゅうが-小橋賢児
うきは-成宮寛貴
あまぎ-金子貴俊
ながら-石垣佑磨
ゆら-佐野泰臣
あわ-鈴木信二
ひえい-瑛太
こもろ-山口翔悟
なち-小栗旬

舞台では、黒木メイサが華麗に演じており、再演の声も高いそうだ。
これもまた、美しい舞台にはちがいない。
ちなみに黒木メイサの方があずみらしいのではないかと思う。

だが、
願わくば、小山ゆうさんには、「あずみ」の呪縛から脱出してほしい。







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